イーダーオーバーシュタインの宝石彫刻 第2章 -13-
ムンシュタイナーカットとは

 GSTVでは開局初期からイーダー・オーバーシュタイン特集において、ムンシュタイナーカットをご紹介しています。世界で注目される彼らのカットについて、またその素晴らしい作品を生み出す3人の芸術家についてご紹介させていただきます。

ムンシュタイナーカットとは

2019年ドイツデザインアワードラグジュアリーグッズ部門 特別賞

▲2019年ドイツデザインアワード
ラグジュアリーグッズ部門 特別賞

 私は、これまで様々な彫刻家や宝石業者に加え、多くの宝石コレクターそしてジュエリーを愛好されているお客様とお会いしてきました。皆様それぞれに感じていらっしゃるムンシュタイナーカットの魅力をお聞きする中で驚いたことは、皆さんの感じている魅力が非常に多岐にわたることです。その魅力の多様性こそが、ムンシュタイナーカットの真の魅力なのではないかと思います。カット技術、芸術性、美しさ、計算された光の屈折、美的センス、存在感、オリジナリティ…本当にたくさんのキーワードが出てきます。その魅力を一言で説明すること自体がナンセンスであると言えるでしょう。

2018年欧州プロダクトデザインアワード銀賞および銅賞
2018年欧州プロダクトデザインアワード銀賞および銅賞

▲2018年欧州プロダクトデザイン
アワード銀賞および銅賞

 こうした前提を踏まえて、あえて私の言葉でムンシュタイナーカットの魅力をお伝えするならば、地球という大自然の中で育まれた宝石の持つ輝きと美しさを、最大限に引き出すという彼らのフィロソフィーであると言えます。宝石に輝きや美しさを増すようなカットを施すのではなく、その宝石が本来持っている輝きと美しさを彼らのカットによって最大限に引き出すのです。宝石に対する謙虚で真っ直ぐに向かう彼らの姿勢が、素晴らしい作品を生み出す原動力であると思います。

 ムンシュタイナーカットは、宝石の表面ではなく裏面に大胆なカットを施すことで鏡面効果を生みだします。一見すると非常にシンプルですが、光の屈折を計算したうえでそれぞれの石の持つ特性を考慮しながらカットしていかねばならず、卓越した技術とセンスが求められるのです。これを彼らは、「石と対話をしていく」と説明してくれますが、なんてぴったりな表現だろうと感じています。石の特徴を知り尽くし、高度なカット技術を用いる、そして何よりそこに彼らのフィロソフィーが吹き込まれることによってムンシュタイナーカットが完成するのです。ムンシュタイナーカットの評価は年々高まっており、それを裏付けるように数々の賞を受賞しています。

アトリエ トム・ムンシュタイナー

 宝石街道という名のイメージにふさわしい、美しいドイツの街並みと草原が続く丘陵地帯を走り抜けていくと、イーダー・オーバーシュタイン近郊の小さな集落に到着します。その妖艶な輝きと芸術的なカットで世界的に有名なムンシュタイナーカットは、この素晴らしい環境にあるアトリエ トム・ムンシュタイナー(以下、「工房」)で生み出されています。白を基調とした石造りの工房は、まるで幾何学模様のムンシュタイナーカットのような佇まいです。

白を基調とした工房の外観

▲白を基調とした工房の外観

いつ訪れても整理整頓されている作業場

▲いつ訪れても整理整頓されている作業場

巨大なアメシスト原石とともに

▲巨大なアメシスト原石とともに

 昨年9月に訪れた際、工房の裏庭に鎮座する私の体より大きなアメシストの原石を見せてくれました。そして、この巨大な原石から新しい作品を作るために、様々な角度から眺めたり、触ったりしながら構想を練るのが今の一番の楽しみだとトムさんが教えてくれました。巨大な原石、中に空洞があることが良質なアメシストが採れることの最低条件なのですが、カットする前の状況でどう判断したのか気になりませんか。実は、比重から見て1600kgあるべき大きさであるのに、800kgしかなかったことが判断の決め手だそうです。完成後は工房の近くにあるアート作品を展示する公園に展示予定とのことです。

左から トム氏、筆者、ユッタ氏、ベルント氏

▲左から
トム氏、筆者、ユッタ氏、ベルント氏

ドンペドロ

▲ドンペドロ

Tom Munsteiner トム・ムンシュタイナー

ベルント・ムンシュタイナー氏を父に持ち、ムンシュタイナー家4代目の宝石カッター。父をも凌ぐとも言われるカット技術によって、新しいカットを数々考案、発表している。先代から受け継がれた技術を吸収し、自らのオリジナリティを加え生み出されるカットは、独創的で美しい。

Bernd Munsteiner ベルント・ムンシュタイナー

ムンシュタイナーカットを生み出し、世に広めた張本人。光の魔術師と呼ばれ、世界中のジュエリー愛好家をファンに持つ。世界一の宝石カッターと称され、長年様々なムンシュタイナーカット作品を世に送り出してきたが、ワシントンDCのスミソニアン国立自然史博物館に収蔵・展示されている「ドンペドロ」(10,363ctのアクアマリンのオブジェ)は、その美しさ、大きさともに別格。

Jutta Munsteiner ユッタ・ムンシュタイナー

夫トム・ムンシュタイナーとともに、工房運営の中心を担うジュエリーデザイナーでありジュエリー職人。トム氏がカットした宝石を使って、リングやペンダントなどのジュエリーを制作する。

フィリップ君

▲ フィリップ君

 毎年のように会っているトムさんの一人息子フィリップ君も14歳、とても立派に大きくなりました。もちろん工房にとっても頼もしい存在です。5歳の時木を用いた作品で彫刻デビュー、7歳で石を用いて彫刻を開始。14歳となった今、全工程の4分の3は自らの手で彫刻できるようになりました。今後、工房を継ぐために技術専門学校へ進学予定です。近い将来、ムンシュタイナーカットを引き継ぐ芸術家として、皆様にご紹介できると思うと今から非常に楽しみです。

 ※本内容は2017年9月号の内容を改変したものです。

執筆

ストーンカメオ研究家三沢 一章

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