アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol.25
「クリソベリル」

 GSTV FAN 8月号ではアレキサンドライトを紹介しました。今回は同種鉱物であるクリソベリルを取り上げて紹介します。

 19世紀において最もポピュラーな宝石は金緑が実りをイメージさせる、クリソベリル・キャッツアイでした。ヴィクトリア時代に多くの宝飾品に用いられ、まったく色の改善処理が施されない自然のままに使用される天然無処理宝石のひとつです。ギリシャ語で黄金を意味する“Chrysos”に由来し、和名では金緑石(きんりょくせき)と呼ばれています。当時唯一クリソベリル・キャッツアイの原産国であるスリランカでは、「悪魔から身を守る」パワーストーンとして使用され、イギリスのヴィクトリア女王にも313カラットの巨大なクリソベリル・キャッツアイを献上しました。クリソベリルは希少価値が高く、耐久性が優れているため、アメリカや日本などの市場では男女ともに好まれる宝石としてリングにセットされています。

クリソベリルはアレキサンドライトと同じ鉱物

 光源によって色が変わるアレキサンドライトと、変わらないクリソベリルは共に金緑石の変種です。この二つはベリリウムとアルミニウムと酸素から構成された同じ鉱物ですが、以前はあまり知られていませんでした。クリソベリルは斜方晶系に属し、通常は120度交差した三連双晶の美しい透明な結晶形として、変成岩(片岩)や巨晶花崗岩(ペグマタイト)の中から産出されます。大部分のクリソベリルは透明で黄色、黄緑色、緑色、褐色といったさまざまな色を呈します。黄色は微量元素である鉄(Fe)によって着色されていますが、僅かなクロム(Cr)が含まれると、緑味が増し、輝きが一段良く見えます。逆に鉄の含有量が多くなると、オレンジや褐色やチョコレートのような色になります。クロムの含有量がさらに増加すると変色効果を示すアレキサンドライトに変わります。

クリソベリルの交差した三連双晶

▲ クリソベリルの交差した三連双晶

クリソベリルの双晶

▲ クリソベリルの双晶

クリソベリル双晶の模式図

▲ クリソベリル双晶の模式図

キャッツアイとは?

平行に配列する微細な針状インクルージョンの反射により見える猫目光学効果

▲ 平行に配列する微細な針状インクルー
ジョンの反射により見える猫目光学効果

 クリソベリル族の中で最も希少で半透明な宝石です。ハニーのようなレモン・イエローからアップルグリーンのような緑色、チョコレートのようなオレンジ・ブラウンを呈します。特に、微細な針状や繊維状インクルージョン(内包物)が含まれると、研磨によって猫目の瞳孔に似たシャトヤンシー光学効果(猫目[キャッツアイ]効果)が現れ、クリソベリル族の三番目の変種であるクリソベリル・キャッツアイとなります。一般的に、「キャッツアイ」と呼ばれる場合はクリソベリル・キャッツアイを指し、その他の宝石の場合には、必ず宝石名を付けて呼びます。例えば、エメラルド・キャッツアイ、トルマリン・キャッツアイ、クォーツ・キャッツアイなどです。このようなキャッツアイ効果と希少性を持つクリソベリル・キャッツアイの市場価値はキャッツアイ効果を示さない透明なクリソベリルと比べ断突高く、人気の宝石です。

クリソベリルとキャッツアイの名産地

 宝石品質のクリソベリルの原石は非常に限られた国から産出され、スリランカ、ロシア、ブラジル、タンザニア、マダガスカル、モザンビーク、インドが上げられます。キャッツアイはスリランカとインドが主な原産地です。産出国によって、その特徴と魅力も多少異なります。

スリランカ

 ラトナプラ(Ratnapura)は世界でキャッツアイの最も古い産地として知られています。美しいキャッツアイが沖積鉱床から産出され、脚光を浴びていましたが、現在は鉄を多く含む褐色ものが採掘されています。

スリランカのラトナプラから産出されたキャッツアイ

▲ スリランカのラトナプラから産出さ
れたキャッツアイ

スリランカの漂砂鉱床でサファイアの採掘に伴ってクリソベリルとの出会いも多い

▲ スリランカの漂砂鉱床でサファイアの
採掘に伴ってクリソベリルとの出会いも多い

ブラジル

ブラジル産 黄緑色を呈するクリソベリル

▲ ブラジル産
黄緑色を呈するクリソベリル

 19世紀初期に膨大なペグマタイト鉱山地帯から黄緑色のクリソベリルが発見され、今日までブラジルにとって重要な宝石として珍重されてきました。その95%がミナス・ジェライス州、エスピリト・サント州、バイア州などに分布する沖積鉱床や残積鉱床から採掘されます。過去200年に渡り、ブラジルからの総産出量は僅か数万カラットに過ぎず、その内キャッツアイの原石は20%以下と、大変希少なものでした。

マダガスカル

マダガスカル産キャッツアイ

▲ マダガスカル産キャッツアイ

 1998年にマダガスカル島の南東部のイラカカ(Ilakaka)鉱区(全長200km)から大量のサファイアとルビーが発見され、それと共にクリソベリル、キャッツアイを含む多彩な宝石が発見されました。また、東海岸に近いアンディラメナ(Andilamena)に分布するペグマタイトからもクリソベリルが発見され、素晴らしい数センチもある交差三連双晶の結晶が数多く世界のコレクターに提供されてきました。

タンザニア

ミントグリーンを示すタンザニア産クリソベリル

▲ ミントグリーンを示すタンザニア産
クリソベリル

 1994年にマガラからエメラルドのような青みがかったミント・グリーンのクリソベリルが発見されました。バナジウム(V)微量元素が含まれていたため、今までの黄色系のクリソベリルになかった新たな色種が加わりました。品質が高いため急速に人気が高まっています。

インド

 オリッサ州のチンタバリ鉱床からオウム(Parrot)の羽の色に似たライム・グリーン色のクリソベリルが1997年に発見され、いち早く日本の市場に現れました。このクリソベリルはトレードで「パロット・クリソベリル」と呼ばれ、比較的安価で取引されていました。一部の石には多くのクロムが含まれ、変色効果を示すアレキサンドライトとして扱われていますが、変色効果のないものはほとんどキャッツアイに加工されています。しかし、採掘期間は6年にも及ばず、現在は幻の宝石となっています。

インド産ライムグリーンのパロット・クリソベリル

▲ インド産ライムグリーンの
パロット・クリソベリル

インドのオリッサ州から採掘されたキャッツアイ

▲ インドのオリッサ州から採掘された
キャッツアイ

キャッツアイの品質評価

ハニーカラーとミルキーイエローのバランスが良く取れた最上品質のキャッツアイ

▲ ハニーカラーとミルキーイエローの
バランスが良く取れた最上品質の
キャッツアイ

 キャッツアイを選ぶ場合は、シャープな光筋が石の中心にはっきりと出るものが好ましく、その帯が光源の動きによって左右に明瞭に移動することが絶対条件です。そしてオレンジーイエローのようなハニーカラーとインクルージョンにより現れるミルキーホワイトがバランスよく含まれるものを選ぶのが理想です。カットに関しては、カボションカットしたオーバルの形で底部が深すぎないものを選べばジュエリーにセットしやすく、3カラット以上のものは価値が高くなります。

アヒマディ博士

執筆

阿依 アヒマディ

理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。

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