(番組ガイド誌「GSTV FAN」 2018年10月号掲載)
アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol.26
「スピネル」
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▲ イギリスの王冠に使われた140カラットの
“Black Prince's Rubyー黒太子のルビー”
と呼ばれていた赤いスピネル
(Younghusband, G. and Davenport, C. 1919年,引用)
レッド・スピネルは、宝石鑑別教育の誕生のきっかけとなり、長年ルビーと混同されてきた唯一の宝石です。スピネルはルビーに似た深い赤の色合いと硬い性質を持ち、同じ風化された大理石からできた漂砂鉱床で採掘される場合が多いため、1783年まで科学的な違いが明確に区別されていませんでした。そのため、イギリス王家の有名な宝石「ティモール・ルビー」や「黒太子のルビー」などはルビーと考えられ、宝石商の間でも長きに渡ってルビーとしてスピネルが流通していました。
スピネルについて
スピネルはダイヤモンドのような完全な八面体結晶で自然界から生まれ、二つのピラミッドが背中合わせした形に見えます。また、単結晶八面体の二つがお互いに接合し成長した三角平板状の結晶形もしばしばと見られ、「双晶」と呼ばれます。すべての結晶方向に同じ物理的な性質を持ち、単屈折率のため、どの方向から見ても同じ色が見えます。一方、ルビーは複屈折率なので、多色性があり、方向によって異なる色合いが見られます。スピネルの八面体の先端が尖っているため、ラテン語では棘を意味する「spina」、ギリシャ語で鮮やかな火花を意味する「Spitha」から名前が由来したと思われ、18世紀までには「スピネル」という宝石名は生まれてなかったのです。マグネシウム酸化アルミニウムで構成された鉱物(MgAl2O4)で、和名は尖晶石ともいいます。内包物によってスターやキャッツ・アイの特殊光学効果を示すスピネルや、コバルトを含有し、ブルーからピンクに変色するカラー・チェンジースピネルもまれにあります。
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▲ 大英帝国王冠を陳列するロンドン塔の
入り口
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▲ スピネルの八面体と双晶の結晶形
スピネルの色
スピネルには幅広い色相があり、オレンジとピンクがかった強力なレッド、鮮やかなピンク、明度のやや低いパープル、ブルー、グリーン、イエロー、バイオレットとブラックなどがあります。すべての色合いが宝飾品として使用されます。微量なクロム元素はレッドとピンク色の発色起因となり、含有量が多ければ、彩度の高いレッドとなります。鉄とクロムが混合で結晶格子に入った場合は、オレンジやパープルが形成されます。鉄のみの場合は、深いブルーができ、少量のコバルトが混入すると、鮮やかなブルーに変わります。宝石市場において、活気に満ちたレッドとピンクが主な宝飾品としてよく見かけられますが、ルビーとそっくりの純粋なレッドやホットなピンク色は宝石愛好家に大変魅力的で、コバルトを含む強烈なバイオレット・ブルーやブルーサファイアと同等な純青色は、スピネルの大変希少な色とみなされ、宝石収集家に捜し求められる絶品のひとつです。パープルやグリーンやイエローの魅力はやや低いですが、上述した各希少色より安価で取引されています。一般的にスピネルの内包物は少なく、透明度が高いため、さまざまなスタイルにカットされます。5カラット以上のものは入手が大変困難なので、価格も急騰しています。
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▲ 多彩なスピネル宝飾
スピネルの産状と主な名産地
スピネルは一般的に接触変成岩である結晶質石灰岩-大理石、広域変成岩の片麻岩、火成岩などに広く分布します。宝石品質の原石は堆積した漂砂鉱床から多く採掘され、東南アジアのミャンマー、ベトナム、スリランカ、中央アジアのタジキスタンとアフガニスタン、東アフリカのタンザニアとマダガスカルなどの国が主な産地です。
ミャンマー
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▲ 伝統的なモゴック産深赤色のスピネル
6世紀からモゴック地域はルビーの名産地として世界によく知られていますが、同鉱床の大理石から濃い赤色のスピネルも採掘され、ルビーに非常に酷似しているため間違うケースが多いのです。研磨によって赤色の濃淡のモザイクパターンがバランスよく引き出されるのは最も上品質になります。それ以外に、バイオレット、グリーン、ブルー、オレンジといった様々な色相のスピネルが産出されています。また、モゴックから315キロ離れた北部のナミヤ地区から上質なピンク~レッドの原石が産出され、赤味はやや淡いですが、透明度は非常に高く、違った美しさが感じられます。
ベトナム
1983年に北部のルクエンから世界で最も不純物の少ない白色大理石からルビーが発見され、それと同時に鮮やかな赤がかったピンク色の八面体のスピネル結晶が多く発見され、ミャンマーと同じくスピネルの重要な産出地となりました。しかも、同地域の鉱脈から鮮やかなブルーのコバルト・スピネルも採掘され、品質の高さは申し分がありません。
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▲ ベトナム産母岩付きのコバルトを含有
するスピネルの結晶(近山晶宝石研究所
WEBミュージアムから提供)
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▲ ベトナム北部のルクエン地域に多くの
大理石が分布し、ピンクやブルーなどの
スピネルが採掘されています。
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▲ ルクエンのスピネル鉱山から採掘された
コバルトを含むカラーチェンジ
-バイオレット・ブルースピネル
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▲ 八面体の形を成すピンクーレッドスピネル
の結晶-ベトナムのルクエン産
タジキスタン
世界で最も古いスピネルの鉱山としてパーミル高原にそびえる山岳地帯―BadakhshanのKuh-i-lal鉱山から小粒の紫がかった“Rose Tinted”スピネルが炭酸塩中から採掘され、‘Balas Ruby’と呼ばれ世界に流通していました。近年再び採掘が始まり、紫がかった“Rose Tinted”スピネル以外に赤みのあるピンク・スピネルも市場に出ています。
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▲ Rose Tintedと呼ばれる紫がかった
ピンクスピネル-タジキスタンのKuh-i-Lal産
(Vincent Pardieu撮影)
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▲ 世界で最も古いスピネルの採掘現場
-タジキスタンのKuh-i-Lal鉱山
(Vincent Pardieu撮影)
タンザニア
1986年にタンザニアの南東端部にあるトゥンドゥール(Tunduru)でルビーが発見され、それに伴いピンク・スピネルも少量が産出されていました。2007年に、マへンゲ(Mahenge)地区の大理石から非常に魅力的な赤みが混在したホット・ピンクのスピネルが発見され、一躍世界で最も有名な産地となりました。産出量はミャンマーよりはるかに多く、宝飾市場に一定な量を供給しています。GSTVでは、この美しき花のような輝きを例えて、タンザニアの公用語であるスワヒリ語で“美しい花”を意味する「アヤナ」という呼び名を付けています。
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▲ タンザニアのTunduruから産出されて
大理石中の紫がかったレッドスピネル結晶
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▲ タンザニアのマヘンゲ地区から産出された
「アヤナ」ピンクスピネル
スリランカ
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▲ スリランカの漂砂鉱床から採れる表面
が磨耗したスピネルの原石
サファイアの産出地として最も有名なスリランカ南部に位置するラトナプラの砂礫層から、丸みを帯びたパープル、ブルー、ブラックのスピネルが産出されます。
ピンク色の産出は希少で、高値で取引されています。
スピネルの選び方とその扱い
まず、ミャンマー産の伝統的な濃いめの純赤色を選ぶか、タンザニア産のような赤みの薄いピンク色のスピネルを選ぶかは好みによります。前者の場合は、紅赤のモザイクパターンの美しさを重視するべきです。後者の場合、薄めのレッドでありながら、彩度と透明度が高く、澄んだ気持ちのよい品質を選ぶべきです。3カラット以上の上品質のものは価値が高いです。
スピネルは一般的に加熱処理されるケースは少ないですが、高温で処理されると退色します。ルビーの次のモース硬度(8)を持ち、靭性は非常によく、光や化学薬品の影響を受けにくい安定した性質です。
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執筆
阿依 アヒマディ
理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。