アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol.22
東洋の宝石 軟玉(ネフライト)

何千年も古くから「玉」と呼ばれてきた東洋の代表的な宝石は、中国で最も高い価値のある宝石とされています。「硬玉」である翡翠(輝石類)も「軟玉」であるネフライト(角閃石類)もまとめて「玉」と呼んでいた中国では、18世紀にミャンマー(前ビルマ)で翡翠が発見されるまで、その違いが分かっていなかったのです。

「軟玉」は石器時代(BC5000年前後)からシルクロードのトルキスタン地方(中国語の呼び名“西域”)で発見され、2000年前から中国と「軟玉」と「絹」の貿易があったことがよく知られています。トルキスタン地方において、「軟玉」は古代から実用石器と建築材料として使用され、その後祭事品や装身具や魔よけ品などに加工するようになりました。中国においては、この柔らかく暖かい感覚を与える白玉や緑玉や墨玉などは大変珍重され、大量の「軟玉」をトルキスタンの“和田(ホータン:Hoten)”地域から輸入し、その内「羊脂玉」は最高級品として中国の故宮に納められ、長い間不老不死の象徴や権利の象徴として、皇帝や貴族たちにしか使用されませんでした。

クンルン山脈から流れるユルンカシュ河から発見された「羊脂白玉」の河床子料

▲クンルン山脈から流れるユルンカシュ河
から発見された「羊脂白玉」の河床子料

熟練な彫刻師による「軟玉」の工芸品

▲熟練な彫刻師による「軟玉」の工芸品

ホータンはタクラマカン砂漠の南部に位置し、チベット高原と接するクンルン山脈はその「軟玉」の誕生地です。「軟玉」は海抜4000m以上のクンルン山脈からユルンカシュと呼ばれる白玉河とカラカシュと呼ばれる墨玉河の二つの河川によってオアシスに運ばれ、きれいな丸みを帯びた石の塊として河床で発見されます。彫刻された玉工芸品は真珠のような白色を照らし、水中で月のような輝きを発し、大変神秘な石として中国人に大変愛好されていました。

それ以外に、黄河や陽子江流域付近でも様々な「玉」が発見され、加工技術によって中国の玉文化は一層発展し、玉は常に身に付けられ、先祖代々相伝されて、中国の国宝となったのです。

「軟玉」で最高級と呼ばれている「羊脂白玉」

▲「軟玉」で最高級と呼ばれている「羊脂白玉」

繊細に彫刻された超高級のホータン白玉

▲繊細に彫刻された超高級のホータン白玉

「軟玉」の故郷トルキスタン(現新疆ウイグル自治区ホータン地区)尚玉優品から引用

▲「軟玉」の故郷トルキスタン
(現新疆ウイグル自治区ホータン地区)
尚玉優品から引用

「玉石:ジェード」の種類と原産地

中国の古玉は、ホータン産「軟玉」以外に、産地によって質感と色合いの異なる様々な玉料があり、以前はすべてまとめて「玉石:ジェード(英語)」と呼ばれてきましたが、鉱物種類や化学組成や組織構造などによって「玉」の硬度(5~6.5)や強靭性や色相も異なり、近年の科学分析により以下のような種類に分類されます。

角閃石類「玉石」

1. マグネシウムを含む区域性接触変成岩(炭酸塩岩)から産出する「軟玉」―ネフライト

●ホータン「軟玉」

トルキスタン(現新疆ウイグル自治区)のホータン(和田)地域のクンルン山脈から産出された主に微晶質の透閃石の集合体から形成された繊維状緻密な玉です。色相によってさらに白玉、青白玉、青玉、黄玉、墨玉などの五種類に細分化されます。純度の高い透閃石からできた白色の羊のしっぽの脂のような触感を持つ「羊脂白玉」は最上質とされ、産出量は非常に少ないため、大変高価に評価されています。不純物である鉄とチタンの含有量の増加に連れ、浅い青色から深い青色に変化します。酸化鉄は黄玉の着色となり、微細なグラファイト(石墨)を多く含むと真っ黒の墨玉が形成されます。靭性にしても硬度にしても「玉石」の中で、ホータン産「軟玉」は最高の品質を持ち、高価な玉彫刻工芸品として取引され、中国四大名玉のトップランキングに入っています。

2. 超塩基性火成岩の熱水接触交代作用によって蛇紋岩体から変成して形成された「軟玉」―ネフライト

●中国、天山山脈産「軟玉」

透閃石―アクチノ閃石の結晶集合体から構成された暗緑色の「軟玉」ですが、中国では緑色の「軟玉」のことを「碧玉」と呼び、主な原産地は新疆ウイグル自治区の天山山脈と甘粛省の南山で、アクチノ閃石の結晶度が大きいため、透明度と品質はホータン「軟玉」と比べ低いです。日本で呼ばれている微細な石英が集まってできた「碧石:ジャスパー」は中国語で呼ばれている「碧玉」と全く異なり、誤解されやすい名称です。

天山山脈の緑色「軟玉」中国語では「碧玉」と呼ばれている

▲天山山脈の緑色「軟玉」
中国語では「碧玉」と呼ばれている

カナダ産グリーンネフライト

▲カナダ産グリーンネフライト

「ロシアのシベリア産ネフライトで作られた紋章

▲ロシアのシベリア産ネフライトで
作られた紋章

●台湾、豊田産「碧玉」

透閃石よりアクチノ閃石を多く含まれた蛇紋石岩に伴う緑色の「軟玉」で、特有の亜鉛を良く含んだスピネルが含まれています。東南アジアの新石器時代から鉄器時代の遺跡などから多く出土された玉器は、ほとんどが台湾で製作されたものです。

●ロシア、カナダ、アメリカ、ニュージーランドなどの「軟玉」

同じ透閃石が少量でアクチノ閃石を主体とした「軟玉」です。クロム鉄、クロライト(緑泥石)、クロムザクロ石(ウバルバイト)、蛇紋石などを多く含み、鉄の含有量が高いため、玉の色はほとんど緑色を呈し、強靭性はホータン産「軟玉」より低いのです。

蛇紋石類「玉石」

繊維状蛇紋石を主体とする深緑色、黄緑色、緑黄色の「玉石」で、中国四大名玉の一つと評価され、先史時代から装飾品として利用されていました。

●中国、岫岩産「岫岩玉」

遼寧省の岫岩から蛇紋石玉(岫玉とも呼ばれ、「軟玉」に属しない)、透閃石玉(老玉と呼ばれ、「軟玉」に属する)と両者混合体の玉(甲翠)の三つの種類があり、特に蛇紋石玉の産出量は非常に多く、黒色鉱物や緑泥石や透閃石などの内包物によって斑点模様と翡翠のような光沢がみられ、色は多彩で、透明度は比較的高く、大型彫刻工芸品に用いられています。

長石類「玉石」

中国では、斜長石の端成分であるアノーサイト(灰長石)から構成された白色から淡緑色のものも「玉」と呼びます。ネフライトのような玉質に類似し、半透明の白色~緑色を呈したからです。「軟玉」には属しません。

●中国、南陽玉(独山玉とも呼ばれ)

中国の河南省の南陽地域に産出されたアノーサイトの単鉱岩で形成された緑の石です。内包物として僅かな雲母、アクチノ閃石、透輝石などが含まれ、中国四大名玉の一つとして取り扱っています。

炭酸塩類「玉石」

地域変成と接触交代作用によって形成された大理石(主にカルサイト)と蛇紋大理石の共生鉱物です。白、黄、青緑、緑などの色と、ガラス光沢を有し、「軟玉」のような繊維状緻密な構造を示しますが、「軟玉」には属さないものです。

●中国、藍田玉

中国四大名玉の最後の一種で、陕西省の西安市の藍田山から採掘された白緑色の石です。
外観は「碧玉」によく類似しているため、中国の数千年の歴史の中で「玉」として使用されてきました。

蛇紋石からできた岫岩玉(捜狐から引用)

▲蛇紋石からできた岫岩玉
(捜狐から引用)

長石アノーサイトからできた南陽玉(点力から引用)

▲長石アノーサイトからできた
南陽玉(点力から引用)

大理石からできた藍田玉(1688.comから引用)

▲大理石からできた藍田玉
(1688.comから引用)

玉石の市場

「玉石:ジェード」の宝飾市場はやはり中国において大変大きな存在です。裕福な社会階級のシンボルとして存在してきた「玉」は、現在人々の生活の一部に欠かせないものになり、特に「軟玉」への愛着が深く、2008年の北京オリンピックのメダルにも使用されました。これによりアジア全体において「軟玉」への意識は再び高まりましたが、ホータン産「軟玉」原石の枯渇に伴い、その価額は急騰し、消費者の手には届かなくなってしまいました。 2005年以降、カナダとロシアから緑色のネフライトが継続的に中国へ輸入されるようになり、市場で年間数百トン消費されています。

アヒマディ博士

執筆

阿依 アヒマディ

理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。

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