(番組ガイド誌「GSTV FAN」 2018年5月号掲載)
アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol.21
東洋の宝石 翡翠(ジェダイト)
古来から東洋人に好まれ、健康に恵まれるという不老長寿のシンボルであった翡翠は、カワセミの緑の羽根から名がつけられた緑の半透明な宝石です。「翡」は赤色、「翠」は緑を意味し、一般的に翡翠は緑の石と思われていますが、実際は緑色以外に、薄紫(ラベンダー)、青、黄、赤、白、黒色などのバリエーションがあり、多彩で非常に希少価値の高い宝石です。
中国では、古くから翡翠のことを「玉(ジェード)」と呼び、王の象徴でもあり、護石や招福石として用いられていました。実際には、「玉(ジェード)」は「硬玉」と「軟玉」の二種類に分かれ、両者の屈折率や硬度や比重などは全く異なり、それぞれ違う鉱物でできています。日本では、翡翠とは「硬玉」のことを指し、鉱物名は翡翠輝石と呼ばれ、輝石グループに属し、英語では「ジェダイト」と言います。一方、「軟玉」は角閃石グループに属する透閃石であり、英語では「ネフライト」と言います。両者の硬度や色や靭性などはよく似ているため、当時はほとんど識別がつかず、両者をまとめて「玉」と呼び販売されていたため、勘違いする人は圧倒的に多いですが、近代の科学技術により両者を明確に分けられるようになりました。
▲翡翠に類似色の「軟玉」ーネフライト
▲中国古来から珍重されてきた「軟玉」の彫刻品
歴史のある翡翠の原産地
▲グアテマラ産暗緑色の翡翠
翡翠の産地としてはミャンマー、日本、ロシア、カザフスタン、中央アメリカ、アメリカ合衆国などがあります。世界において翡翠の初期の装飾品は、今のメキシコやグアテマラにあたるオルメカ・マヤ・アステカ文明で作られました。これらの文明は紀元前1200年頃から始まり、16世紀にスペインに征服されるまで栄えました。およそ5500年前の縄文時代に、日本の糸魚川地方で翡翠の彫刻が誕生し、日本の宝石の歴史はここから始まったと言っても過言ではありません。実は、日本は世界で最も古い翡翠の産地の一つなのです。
▲美しい緑色の勾玉を身に着けた糸魚川地方の姫
ー奴奈川(翡翠原石館にて)
▲勾玉式に彫刻された糸魚川ー青海産各色の翡翠
縄文時代中期には大珠というペンダントのようなものが製作され、日本各地で取り引きされるようになり、球形ビーズ加工といった翡翠の加工技術は縄文時代後期に継承されるようになりました。弥生時代になると、勾玉や管玉の製作が盛んになりました。8世紀頃の伝説によると、現在の新潟地方に「越(こし)」という古代国家があり、不思議な緑色の翡翠の彫刻を身に着けた美しい姫が国を治めていたといいます。特に翡翠の勾玉は、各地の権力者の墓などから出土することから、富と権力の象徴であったとともに、呪術的・宗教的な意義を持つ聖器であったと思われます。
数千年も続いた翡翠の文化は、古墳時代 (紀元3〜7世紀) 中期から後期にかけて衰退し、6世紀頃には姿を消してしまいます。それから千年以上後の1938年、翡翠の探索を行っていた伊藤栄蔵氏により糸魚川市の小滝川で日本の翡翠が再び発見されました。その後の調査により、日本海に注ぐ姫川上流の小滝地区以外に、糸魚川市に属する青海川上流の橋立地区でも発見されています。糸魚川産の翡翠は原石のままでも十分に美しいのも特徴の一つですが、色は白、緑、紫、青、黒などがあります。糸魚川の翡翠は保護地区にあり、採取が禁止されているため、市場に出回っている量はごく僅かです。2016年9月に日本鉱物科学会は糸魚川の翡翠を「日本の国石」に選定しました。
最高品質の翡翠は「ロウカン(琅玕)」と呼ぶ
▲青海地域の橋立翡翠峡から発見された102トン
の翡翠原石
世界最高品質の翡翠の産地はやはりミャンマーと言えます。北部カチン州パカン地域のチンドウィン川からイラワジ川沿いの漂砂礫地帯の数箇所から、良質な7色の多彩な翡翠が産出されています。ミャンマー産翡翠は18世紀に発見され、世界の9割の産出量を占めています。糸魚川ー青海で発見された102トンの翡翠は、これまでに最大の原石として世界に知られていましたが、2016年に、パカン地域から175トンの重量を有する世界最大の翡翠の原石が発見されました。
▲無色〜白色のアイス・ジェダイト
▲オレンジの翡翠
▲黒色の翡翠
▲紫色のラベンダー・ジェダイト
▲赤色の翡翠
▲緑色の翡翠
翡翠の中でも「インペリアル・ジェダイト」と呼ばれるものは濃厚な緑色で、極めて透明度の高いガラスのような品質を持ち、非常に珍重される高価なものとなります。ドームのようなカボションカットにされるのが一般的で、指輪を求めるなら、3ct以上の大きめで透明度の高く形の良いものを選ぶのが重要な選択です。色の濃いものは中国、日本、香港、台湾などで好まれ、シンガポールやマレーシアでは色の淡いものに人気があるようです。緑色以外に紫色のラベンダー・ジェダイトと、無色~白色のアイス・ジェダイトと呼ばれる翡翠もとても希少で、品質によってインペリアル・ジェダイトよりも高価なものもあります。翡翠は小さな翡翠輝石の結晶の集合体でできているため、透明度を向上させるために樹脂含浸処理が行われるものが多く、処理されたものは宝石としての価値は低いです。
翡翠のでき方
翡翠は、高圧・低温で変成された地質帯で発見されます。生成条件によって熱水から直接形成されたものと、鉱物同士の交代反応作用によって形成されたものがあります。太平洋プレートやインドプレートや日本列島を含むユーラシアプレートの境界では、冷たいプレートが沈み込んでいます。このような場所は低温高圧の条件となる翡翠ができる場所と考えられています。したがって、翡翠は地球中のプレートの沈み込み帯付近のみで形成される宝石で、蛇紋岩によって地表に運ばれます。
▲翡翠によく類似したオンファス輝石
(GIA 提供)
翡翠の色は元素の種類と濃度によって異なります。結晶内部に不純物がなければ翡翠は一般的に無色や白色となります。緑色の部分はクロムと鉄で、紫色(ラベンダー)はマンガンで、青紫色はマンガン-チタン-鉄の混合で、青色はチタンと鉄の電荷移動で、オレンジ色は酸化鉄で、黒色は内包物であるグラファイト(石墨)によって着色されています。翡翠輝石の純度が低下すれば、隣同士の鉱物変種であるオンファス輝石となり、ダークグリーンの色となりますが、アジアの市場ではオンファス輝石ではなく、翡翠として販売されるケースがあり、識別するためには多くの知識が必要です。
執筆
阿依 アヒマディ
理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。