(番組ガイド誌「GSTV FAN」 2018年7月号掲載)
アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol.23
アフリカの至宝「タンザナイト」
ブルーサファイアを凌ぐほど美しい青紫色を有するタンザナイトは、なんとも不思議な色合いがある華やかなカラーストーン。ルビーやサファイアやエメラルドそしてパライバトルマリンなどに匹敵するほど人気のある新しい宝石です。
20世紀に発見された新しい宝石
▲ 美しき輝きの紫青色のタンザナイトネックレス
1967年に、東アフリカのタンザニアで、キリマンジャロ火山の麓に生活していたマサイ族が偶然、鮮やかな青色の宝石を見つけ、地元の宝石探鉱者であるManuel d’Souza(マヌエル・ドゥソウザ)氏に伝えました。本人はこの石をブルーサファイアと思い込み、すぐに4箇所の鉱床採掘権も取得したのですが、その後、科学分析によりこの青い石は複雑な化学組成を持つゾイサイト(黝簾石、ゆうれんせき)の新しい変種であることが分かりました。この紫青色から青紫色の色相を持つタンザナイトは世界で唯一タンザニアでしか発見されず、この国の国石となったのです。
しかも、Tiffany & Companyのヘンリ・B・プラット社長が、この石を産出国にちなんで「タンザナイト」と命名し、1968年にアメリカ及び世界の宝石市場に大きく宣伝したのです。この美しく輝くタンザナイトは一躍有名となり、世界の宝石商やジュエリーデザイナー、宝石研究者らは大変魅了されました。
タンザナイトの採掘鉱山
1968年に、タンザニア北部のメレラニ山丘においてマヌエル氏によってタンザナイトの採掘が始まりました。すると、たちまち大小90以上の採掘業者が現れ、採掘ブームとなり、アメリカ宝飾市場へ多くのタンザナイトを提供してきました。しかし、無秩序な坑道採掘により坑内事故や採掘者同士の衝突などが多発し、多くの死者を出してしまいました。
1971年に、タンザニア政府がこのような危険を防ぐために、すべての採掘権を取り上げ、個人採掘から倫理的な安全かつ科学採掘に転換し、国有企業State Mining社により10年間の採掘を行いましたが、生産量は上がらず、弱体化してしまいました。その後、1990年に、政府が5kmの細長い鉱山地域をA、B、C、Dの四つのブロックに分け、Aブロックを国有企業Kilimanjaro Mines Limitedに、最大採掘鉱区であるCブロックをGraphtan Limitedに、BとDブロックを小規模の地元採掘者に割り与えました。2004年に、イギリス資本を持つTanzaniteOneグループがCブロックを買収し、綿密な地質調査によりタンザナイトの埋蔵層を推測し、新しい採掘法を行うようになりました。
(1) Cブロック地区の採掘を行う
TanzaniteOne鉱山社の入口
(2) 地下750mまで坑内に向かう
トロッコ車
(3) ロープを伝えてさらに深く進む
採掘現場
(4) 蒸し暑い地下での厳しい環境で働く
鉱夫
(5) 鉱山地質学者と視察する筆者
(6) 岩脈に含まれるタンザナイト
(7) 鉱石を砕きながら選別室に送る
選鉱プラント
(8) 選別作業を行うTanzaniteOne社の
現地作業員
(9) ハンマーで母岩と
タンザナイト原石を分ける手作業
Cブロックでは、露天掘りよりも坑道採掘法が採用され、TanzaniteOne社の350名の地質科学者、技術者、鉱夫などから構成されたチームで、鉱脈を採掘しながら地下1200mに到達しています。簡易型のトロッコで地下750mまで移動し、その先はロープを伝いながら徒歩で採掘先に進みます。大変蒸し暑く、酸素濃度も低い厳しい環境の中で岩脈をダイナマイトで爆破し、鉱石を袋に積みロープで地表に運びます。運ばれた鉱石は選鉱プラントである程度のサイズに砕かれ、選別室に運ばれます。選別室ではコンピュータ制御された機械で光を用いて色付きの原石を分別します。その原石をさらに手作業でニッパやカッターを使ってタンザナイト原石周囲の岩石を切り落とし、細分化します。最終的に熟練の選別士によって色やサイズの品質選別が行われます。年間原石の産出量は86万カラットに及び、世界最大の供給業者となっています。
グロシュラー・ガーネット(ツァボライト)からタンザナイトが誕生
▲ ソーセージと呼ばれる片磨状組織を
示す広域変成岩ー片麻岩
▲ タンザニア北部に位置する
メレラニ山丘から産出された
タンザナイトの結晶原石
タンザナイトは5億年前(先カンブリア代)に形成された広域変成岩である石墨片麻岩に含まれています。岩体は波のような折曲がりの構造として地下に伸びているため、坑内に白色と黒色が混合したソーセージの形に似た片磨状組織が見られると、タンザナイトの発見率が高いと考えられています。意外なことに、同地層に鮮やかな緑色のグロシュラーガーネット(ツァボライト)も発見されています。実は初期に高温の変成岩にグロシュラーガーネットが先に形成されていたのです。その後、岩石の温度が低下している段階に地下からマグマの熱水が貫入し、グロシュラー・ガーネットが分解されてしまいます。
そして再び化学反応によりゾイサイトに変わり、グロシュラーガーネットに含まれたバナジウムはタンザナイトの紫青色の発色元素となったのです。地下の神秘がもたらした極めて稀な出来事なのです。2005年に、メレラニ鉱区から世界最大のタンザナイト原石が発見され、16,389カラット(3.277kg)もあり、その原石にはKilimanjaro 山の第二峰である“Mawenzi”の名が与えられました。
タンザナイトの加熱処理
▲ 加熱前後のタンザナイト
(中央宝石研究所提供)
タンザナイトは多色性の非常に強い宝石で、結晶方向の異なる三つの光軸から「濃青、赤紫、黄緑」が見えます。研磨する際に職人はどの色を強調するかによって磨く方向も異なります。しかし、自然のまま美しい濃青色を呈するタンザナイトの産出は非常に限られ、多くが褐色の色調を持つ原石であるため、ほとんどの場合、色改良のための加熱処理が施されます。400℃から600℃までの熱を加えると、発色元素であるバナジウムの電荷が変わり、黄緑色や茶色がかった多色性の色が除去され、青色とすみれ色が最大限に活かされます。この熱処理は結晶の構造を壊すものではありませんが、加熱後のブルー・タンザナイトは自然光では顕著な青色に、白熱灯では紫に見られる強い変色効果が特徴です。
品質の評価
タンザナイトの品質評価に欠かせない四つのファクターがあります。色、彩度/明度、透明度そしてカットです。品質評価用マスターストーンから分かるように、色の濃い紫青色はタンザナイトの最も理想的な色です。基本色にどれほどの青紫味が含まれるかによって、タンザナイトの多様な美しさを楽しめます。彩度の最も高いものはExceptional(極めて鮮やか)と評価され、Good以上のものを重視すべきです。自然光ですでに紫色が強く見られるものは避けたほうが良いでしょう。タンザナイトは内包物が少なく、一般的に透明度が非常に高いため、パビリオン側にモディファイド・ステップ・カットが採用されれば、テーブル面から見たときにきらきらとした鮮やかなモザイクパターンが良く見えて、独自の繊細な魅力があります。指輪では3カラット以上のものが、価値が高いと判断されます。
▲ GSTV-Tanzanite Master Stones
執筆
阿依 アヒマディ
理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。