(番組ガイド誌「ジュエリー☆GSTV番組表」 2017年11月号掲載)
アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol.15
宝石の科学―歴史ある最も希少で人気なガーネット“デマントイド・ガーネット”
▲デマントイドジュエリー
ガーネットは和名でざくろ石と呼ばれ、豊かな赤い宝石として19世紀にヨーロッパで大流行していました。しかし、ガーネットの化学成分の特徴を見ると、多種の変種そして多様な色をもった宝石であることがわかりました。ガーネットは、アルミニウムを主元素とする深い赤色のパイロープ、ピンクがかった赤色のアルマンディン、黄色からオレンジ色のスペサルティンと、カルシウムを主元素とする緑色のグロシュラーライト(ツァボライト)、多様な色(黄色~緑色、黒色)を持つアンドラダイト、濃い緑色のウバロバイトに分けられます。
その中で、アンドラダイト種に属する最も価値のある、ダイヤモンドのような輝きと強い鮮やかな濃い緑色を示すデマントイド・ガーネットを取り上げて紹介します。
▲ロシアの中央ウラル山脈産
デマントイドの原石
1853年に、ロシアの中央に位置するウラル山脈にある村で、一人の少年によって美しい緑色ガラスのような石が発見されました。フィンランドの鉱物学者の提案により、“グリーンダイヤモンド”に良く似ているため、オランダ語のダイヤモンド(“Demant”)という言葉から、1878年に“Demantoid (デマントイド)”と命名されました。
1875年からロシア宮廷のジュエリーとして王族と貴族に愛用され、宝飾品に頻繁に使用されるようになりました。その美しさはヨーロッパに伝えられ、イギリスの王室でブローチやリングなどの宝飾品として愛されました。また、アメリカにおいて、著名な宝石店“Tiffany”社の宝石研究者クンツ博士にエメラルドのようなグリーンとして大変絶賛され、ティファニー社の主力なジュエリーのひとつとなりました。現在は、大変貴重な“エステート・ジュエリー(資産価値のある宝飾)”として評価されています。
▲ロシアの中央に位置するウラル山脈
1917年以降のロシア革命によりロマノフ王朝が崩壊し、鉱山での採掘は完全に途絶えてしまいました。その後、この宝石は“幻の宝石”となりました。その後、この宝石は“幻の宝石”となってしまいました。ようやく、2002年に、エカテリンブルグの探鉱者が調査により、Sissertsk地域の鉱山を再開発し、再び市場に提供するようになりました。しかし、ほとんどは小粒のカット石が主であり、1ctを超える上質のものはエメラルド並みの高い評価が付きます。
クロム含有デマントイド・ガーネットの特徴と評価
▲デマントイドを評価するマスターストーン
蛇紋岩から生まれた緑色透明なアンドライト・ガーネットの変種であるデマントイド(和名は翠柘榴石)は、クロムの着色により彩度の高い濃い緑色が形成されています。ガーネット族の中で最も高い屈折率と分散度を持ち、最も美しい輝くガーネットとして最高の希少価値があります。このウラル山脈から産出されたデマントイド・ガーネットには、緑色から黄色味が加わった緑黄色があり、色の濃淡や透明度やカットによって、評価と価値が異なります。写真で配列したマスター・ストーンのように、最もグレードの高いのは、純粋な緑色であるビビットグリーンです(最下列)、その次はインテンス・グリーン、ファンシーグリーン、そして彩度の弱いグリーンとなります。また、黄色系と褐色系の色味が増えれば、価値は下がります。
特有なインクルージョン-ホーステール(馬のしっぽ)
このウラル山脈から産出された良質なデマントイド・ガーネットには、非常に特有なインクルージョンがあります。それは他の宝石では見られない馬のしっぽのような針状インクルージョンで、その形から”ホーステール“と呼ばれています。結晶の中心部から外側に向け、放射状やフラッシュ状に広がるこの内包物は、蛇紋石の一種である“Chrysotile(クリソタイル)”の繊維状鉱物です。この美しい内包物は、形状や入っている位置によって、よりデマントイド・ガーネットの価値を高めるのです。
▲放射状のホーステールインクルージョン
▲繊維状結晶-クリソライトは馬のしっぽのような形状に見えます。
デマントイド・ガーネットの原産地
デマントイド・ガーネットはロシアのウラル山脈に限らず、世界のその他の産地;イタリア、イラン、パキスタン、ナミビア、マダガスカルなどが知られています。また、少量産出地としてアメリカ、メキシコ、韓国、トルコなども挙げられます。変成岩である蛇紋岩起源とスカルン(石灰岩、苦灰岩など)起源のデマントイド・ガーネットがありますが、ホーステール・インクルージョンは、前者である蛇紋岩起源のデマントイド・ガーネットにしか見られなく、ロシア、イタリア、イラン、パキスタンなどが主な原産地です。ナミビアとマダガスカルには、スカルン起源のデマントイド・ガーネットが産出され、ホーステールのような内包物は含まれていません。原産地は、内包物の特徴や化学組成の相違や着色元素の含有量の差異によって見分けることができます。
▲蛇紋岩起源のロシア産デマントイド
▲スカルン起源のナミビア産デマントイド
▲スカルン起源のマダガスカル産デマントイド
近年になって、各原産地から産出されるデマントイド・ガーネットの量は著しく減少し、枯渇の危機に陥っています。ロシアのホーステール・インクルージョン入り、クロム・グリーンのデマントイド・ガーネットはその他の原産地と比べ、色の濃度やホーステール・インクルージョンの含有は別格であり、プレミアム付きの評価となっていますが、ウラル山脈の鉱山はすでに閉山となり、今後再び目にすることを願うばかりです。
執筆
阿依 アヒマディ
理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。