アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol. 8
宝石の科学―エメラルドの鉱床と新発見
ベリル族の中でも特に希少価値の高いエメラルドは地質学的に非常に複雑な環境下で結晶化します。アクアマリン等の他のベリル鉱物が、比較的穏やかな環境下で成長するのに対し、エメラルドは急激な地質環境の変化や力学的応力などの環境を反映します。エメラルドの鉱床は世界五大陸に分布し、南アメリカのコロンビアやブラジル、アジアのウラル山脈、パキスタン、アフガニスタン、アフリカのエジプト、ザンビア、ジンバブエ、マダガスカルが良く知られています。
▲原石と様々な形にカットされたエメラルド
エメラルド鉱山は地質産状によって以下の二つのグループに分けられます。
【グループ1】ペグマタイトに関連する鉱床
火成岩の一種である巨晶花崗岩またはペグマタイトマグマが冷却する際に結晶分解作用によって成長したエメラルド
カテゴリA | 片岩と関連しないペグマタイト起源のエメラルド(ナイジェリアのカドナ鉱山) |
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カテゴリB | ペグマタイトと雲母片岩起源のエメラルド(ザンビアのカフブ鉱山、ジンバブエのサンダワナ鉱山、ブラジルのイタビラ・ノバエラ鉱山) |
【グループ2】ペグマタイトに関連しない鉱床
広域変成作用によって成長したエメラルド
カテゴリC | 変成作用による金雲母片岩起源のエメラルド(ブラジルのサンタ・テレジーニャ鉱山) |
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カテゴリD | 滑石炭酸塩を含む片岩起源のエメラルド(パキスタンのスワート鉱山) |
カテゴリE | 緑色片岩に貫入した石英-炭酸塩脈に伴うエメラルド(アフガニスタンのパンジシール鉱山、ウイグル南部のタシュコルガン高原のダウダル鉱山) |
カテゴリF | 黒色の石墨質頁岩に含む網目状の方解石脈に伴うエメラルド(コロンビアのコルディエラ・オリエンタル鉱山) |
最近、アフリカのモザンビークベルト(広域変成帯)に位置する国々から相次いで新しい宝石鉱山が発見される中、エチオピアから高品質のエメラルドが産出されたというニュースが、国際的な規模の大きさで知られるツーソン・ジェム&ミネラルショーでリリースされました。この発見は決して珍しいものではありません。むしろこの東アフリカ大陸のエジプト、ザンビア、ジンバブエ、マダガスカルなどからの産出は古くから知られています。しかし、今回発見されたエチオピア産エメラルドは、透明度や品質なども良く、黄緑色の外観が高い輝きを見せています。
最新ニュース:新たなエメラルドの産出地 ― エチオピア
▲ツーソンショーのエメラルドの原石
筆者は今年のツーソンショーでエチオピア産エメラルドを始めてリリースしたOrbit Ethiopia社のTewodros Sintayehu 氏とそのビジネスパートナーであるDW Enterprises社のBill Marcue氏と会うことができ、新しく発見されたエメラルドについて意見を交換し、鉱山の採掘状況についてうかがいました。
2016年11月に、エチオピアのオロミア州の南部に位置するシャキーソ町の付近で高品質のエメラルドが発見され、いくつかの鉱山組合と地方政府による小規模な採掘が行われているそうです。現時点では、高度な物理探査や、ボーリング、地質マッピングによる探鉱調査などは始まっておらず、全体の鉱山分布はまだ把握されていないようです。原石はある程度粗選別され、一部はシャキーソ町で取引されていますが、良品は車で12時間も離れている首都のアディスアベバで宝石商に売られ、海外バイヤーに大変な興味をもたらしているそうで、今後の採掘に大変期待していると笑顔を見せてくれました。筆者は両者から貴重な原石試料をいただき、さらにイスラエルのOren&Eli社からファセット・カットさせたエチオピア産エメラルドを入手することができました。以下にその宝石学的な検査と化学分析の結果について報告します。
外部と内部特徴
▲(図-1)エメラルドの二相インクルージョン
▲(図-2)エメラルドに含まれる長石
▲(図-2)エメラルドに含まれる黒雲母
エチオピア産エメラルド原石の多くは、良い結晶面を持つ規則または不規則な六方柱結晶が回収させ、時折の破片もあります。結晶の長さは6-7mmから2-3cmであり、重量2ctから10ct、最大の結晶の横幅は約3cmで、23ctを超えています。色相は明るいイエロイッシュ・グリーンからブルーイッシュ・グリーンですが、コロンビア産エメラルドほど色の深い緑色をもつものは比較的少ないです。カット石は一般に1-2ctで、3ctを超えるものもあり、ザンビア産エメラルドと比べ、割れ目は少なく、透明度は圧倒的です。
検査対象石の屈折率は、No=1.590-1.593, Ne=1.582-1.585でありました。比重は2.73-2.76の範囲内であり、長波および短波紫外線に対して不活性で、チェルシー・フィルターを通して観察すると赤色とピンクに見えました。多色性は明瞭で、イエロイッシュ・グリーンとブルーニッシュ・グリーンを示し、小型分光器で観察すると明瞭な吸収スペクトルが認められ、630-690nmにいくつかの明瞭な線が現れ、430nmを超えるバイオレット領域は完全に吸収されました。
拡大検査では 、近隣の東アフリカにおいて最も著名なエメラルド鉱山―ザンビアのカフブ産のエメラルドにあるような長方形から正方形をなす二相インクルージョンや液体一 液膜インクルージョン(図-1)、ネガティブ・クリスタル、成長管、平行な成長線、色帯、白色透明や黒褐色不透明な不定形結晶インクルージョンなどが見られました(図-2)。表面付近に存在する結晶インクルージョンをラマン分光分析および蛍光X線組成分析により、同定した結果、最も一般的に見られる褐色結晶は黒雲母であることが分かったほか、白色の長石も確認されました。 これはザンビア産に報告されているも のと同じです。エチオピア産エメラルドの原石とファセット・カット石から、数百ミクロン以上の長方形二相インクルージョン(液体-H2Oと気体CO2)は多くみられました。
分光特徴
すべてのエチオピア産エメラルドのサンプルは、可視領域でCr3+、V3+、Fe3+による吸収のみならず、高濃度のFe2+の存在も示しています(図-3)。赤外線領域で得られたFTIRスペクトルには、ベリル構造のチャンネル内でアルカリ金属イオンに隣接する水分子の振動に由来する7096cm-1と5265cm-1のピークが現れています。また、自由な水分子に由来する4000cm-1から3400cm-1までの広い吸収も、CO2に由来する2357cm-1ピークは検出されています。しかし、原石とファセット石でも小量な油に関連する3100-2800cm-1ピークが現れ、透明度の改善に使用されたと思われます。(図-4)
▲(図-3)エチオピア産エメラルドの赤外線分光スペクトル
▲(図-4)紫外-可視-近赤外線分光スペクトル
化学組成特徴
すべてのエメラルドを対象に、蛍光X線組成分析(EDXRF)とレーザーアブレーション・誘導結合プラズマ質量分析(LA-ICP-MS)を行った結果、エチオピア産エメラルドの最も重要な着色元素はクロム、バナジウム、鉄であり、Cr2O3の平均濃度は0.26wt%、最も高濃度は0.84wt%でした。クロムの濃度は色の濃い緑色石では高く、色の強度に直接関係しているようです。それに対して、バナジウムの濃度は常にクロムより低く、V2O3の平均濃度は0.05wt%でした。もうひとつの重要な着色元素である鉄は、FeOの平均濃度は0.76wt%、最高が1.75wt%でした。最も暗い緑色石にはかなり高く、比較的明るい緑色石には低く含む傾向があります。着色元素以外にマグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、カリウム(K)、ナトリウム(Na)、スカンジウム(Sc)、セシウム(Cs)そしてルビジウム(Rb)などの微量元素が検出されました。結晶片岩を母岩としたブラジル産やザンビア産エメラルドと比べ、エチオピア産エメラルドには、中間位のスカンジウムやセシウムやルビジウムが含まれ、産地識別には有意義な指標となります。
今後の展望
エチオピア産エメラルドは最も新しく発見された宝石品質のアフリカ産エメラルドであり、今後の産出は科学的な調査において大変注目されています。緑色の濃さはコロンビア産エメラルドより低いのですが、明るさと透明度は、鉄含有量の多いザンビア産やブラジル産エメラルドと比べても非常に上質であり、国際市場の需要はとても高くなっていくと思います。
▲エチオピア産エメラルドの二相インクルージョン
▲エチオピア産エメラルド
▲コロンビア産エメラルド
▲ザンビア産エメラルド
執筆
阿依 アヒマディ
理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。