アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol. 7
宝石の科学―四大宝石のひとつである緑色の代表 エメラルド(一)
エメラルドは何千年もの間、カラーストーンにおいて緑色石の代表的な存在です。エメラルドは、エジプトのクレオパトラが最も愛した宝石としても有名です。クレオパトラ鉱山と呼ばれる自らの名前を付けたエメラルド鉱山を持つほど、この宝石を大切にしていたようです。クレオパトラはエメラルドを身に着けるだけではなく、砕いてメイク用のパウダーにしてエメラルドの粉末で化粧したという記述も残っています。エメラルドの豊かな緑は、古代ギリシャの言葉「Smaragdus(スマラグドス)」に由来します。紀元1世紀にローマのプリニウスによって書かれた歴史的に著名な書籍「Natural History(博物誌)」にエメラルドを「この緑色以上に緑色のものはない」、「目の疲れやストレスを和らげ取り除いてくれるのだ」と記述していました。日本では、エメラルドの色は新春の緑の繁栄を表し、まさに5月の誕生石としてふさわしい石です。
16~17世紀スペインで発見
(画像提供:GIA)
トプカプ宮殿博物館のエメラルド入り短剣
現代においても、エメラルドは豊かな風景を思い出させるものです。タイで最も神聖な宗教の象徴は、ジェダイトの彫刻である仏陀であり、エメラルド仏と呼ばれています。米国のシアトルはエメラルドの都とも呼ばれ、アイルランドも別名としてエメラルド島とも呼ばれています。
エメラルドは紀元前330年以前からエジプトのいくつかの場所で発見され、半透明の品質のエメラルドが産出していたといわれています。1881年には、クレオパトラ鉱山が確認されました。16世紀にスペインが、今のコロンビアの辺りを征服した際に、そこに住んでいたインカ族はジュエリーや宗教儀式に、緑色の宝石を使用されていたのをスペイン人は非常に驚き、その緑色の宝石エメラルドを金銀と交換したのです。こうした取引により、エメラルドはヨーロッパとアジアに渡り、カボションカット、ビーズカット、彫刻などに細工されて王室に持ち込まれました。
エメラルドはベリル(緑柱石)族の中で最も有名な種類です。金属元素であるベリリウムはこの石から発見され、1925年から鉱物資源として広く探査されるようになりました。宝石品質のベリルは多くの青色から緑色の石を指し、ギリシャ語で「Beryllos(ベリロス)」と表しています。主な発色元素と色によってベリルは以下のような宝石種があります。
ゴシェナイト
アクアマリン
サンタマリアアフリカーナ
エメラルド
モルガナイト
レッドベリル
●不純物が少なく、純度の高い無色のベリルをゴシェナイト
●水と海のような薄い青色(2価鉄イオン-Fe2+)をアクアマリン
●青色の濃いアクアマリン(Fe2+)をサンタマリア(ブラジル産)またはサンタマリアアフリカーナ(アフリカ産)
●クロム(Cr3+)とバナジウム(V3+)による緑色をエメラルド
●黄緑(Fe2+, Fe3+)をグリーンベリル、太陽を思わせる緑黄色をヘリオドール
●やさしい愛らしいピンクないし淡赤紫色(Cs+, Mn3+)をモルガナイト
●独特な赤そして赤いエメラルドと呼ばれるほど気品を感じさせるベリル(Mn3+)をレッド・ベリル
●サンタマリアよりさらに濃く、紺に近い青色(Fe2+, Fe3+)はマシシと呼ばれています。
ベリルの産出国は宝石種によって異なりますが、エメラルドはコロンビア、ブラジル、ザンビア、ジンバブエ、アフガニスタンなどで、なかでも最も品質がよく産出量の多い国はコロンビアです。アクアマリンはブラジル、ナイジェリア、モザンビーク、マダガスカルなどで採掘されています。マダガスカルではヘリオドールやモルガナイトが産出されます。
エメラルドの品質を決定する要素
エメラルドの品質と外観は、それが採掘された鉱山と関連しています。 成長環境がそれぞれ異なるからです。含まれる着色元素の種類や含有量などが色調に影響を及ぼします。また、エメラルド結晶に取り込まれる内包物にも特徴があり、透明度を左右します。色、クラリティ、カット、テリそしてカラット重量などはエメラルドの価値を確立する上で非常に重要な要素であります。
色
エメラルドの最も望ましい色は、鮮やかな色で明度も暗くなく、青緑色から純粋な緑色です。黄色や青みの色相が強すぎると、その石はエメラルドの色範囲から外れベリルの別の変種となり、価値はそれに応じて低くなります。結晶に適切な量の着色元素であるクロムとバナジウムが入れば、最高品質のエメラルドの色となります。例えばコロンビア産のエメラルドは、暖かくより純粋な緑色を有するのに対して、ザンビア産のエメラルドは冷たい色調でより青みがかった緑色です。
クラリティ
エメラルドでは、透明度とクラリティは非常に密接な関係にあります。一般的に、結晶中に取り込まれたインクルージョンは少なければ、その品質に影響を与えないのですが、インクルージョンが非常に多い場合だと、透明度とクラリティにマイナスの影響を与え、石の価値は大幅に下がります。GSTVラボでは、エメラルドのオイルや樹脂によるクラリティ含浸処理について、品質保証書に軽度(minor)、中程度(moderate)、重度(significant)として記述しています。
カット
エメラルドのファセット
エメラルドの色を最大限に引き出すために、カットの職人は、原石の結晶方向を認識し、青緑色から黄緑色の二色性を見分けます。薄い色の石を深くカットし、テーブルを小さくしてファセットを少なくすれば、色を暗くすることができます。一方、暗い石は浅いカットでテーブル面を大きく、ファセット面を増やせば、明るくすることができます。また、顕著なフラクチャー(ひび割れ)、インクルージョンの影響を最小限に押さえるようにカットする必要があります。これを間違うと重量を損なってしまい、宝石の潜在的価値を減少させてしまうことになります。
テリ
石の輝きをひきだすために、より慎重なカットプランと正確なカットが求められます。宝石に入射した光は全反射ができるようにファセットの角度を厳密にアレンジすれば、成形加工後の石のテーブルとクラウン面から鮮やかな色が引き出せます。
カラット重量
エメラルドにはさまざまなサイズがあります。個人コレクションには数百カラットの大きなエメラルドがありますが、反対に1カラット未満のエメラルドもあります。品質は同じであれば、エメラルドの価格はサイズが大きくなるにつれ、大幅に上昇します。一般的に、センターストーンとして人気のある石は0.5~5カラットです。高級ジュエリーには、10カラット以上のエメラルドが使われることもあります。
以上の判断要素を知ると、エメラルドを購入する際に、価値判断に役立ちます。
最高品質のエメラルドを「ゴタ・デ・アセイテ」と呼ぶ
ゴタ・デ・アセイテ(Gota de Aceite)構造
エメラルド結晶に ‘オイル’のような流れ模様が見られ、この成長構造は「ゴタ・デ・アセイテ」と呼ばれています。コロンビア産の最高品質のエメラルドにしか観察されない特徴で、写真で見るように、内部に凹凸の成長面があり、一滴一滴のオイルが癒着しているような美しい風景で、大切な自然からの贈り物です。
執筆
阿依 アヒマディ
理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。