アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol. 6
宝石の科学―伝統のある歴史的なサファイアの原産地と現在の名産地(二)

 ブルーサファイアとファンシーサファイアは、古くから、マダガスカル、タンザニア、スリランカ、ミャンマーなどの様々な産出地で採掘されています。近代以降は、タイ、カンボジア、ベトナム、ナイジェリア、米国のモンタナ州、オーストラリアなども主な産出地となっています。コランダムが宝石結晶として形成されるためには、適当な温度と圧力、化学的性質、そして時間や空間など様々な環境に恵まれる必要があります。コランダムは地下の岩石で形成されますが、この形成される場所を一次鉱床といいます。一次鉱床では産出量は多いですが、品質は中低度のものしかありません。高品質なサファイアは、ほとんど二次鉱床である漂砂鉱床から採取されています。それは、一次鉱床から二次鉱床に至るまでに、余分なものがそぎ落とされ美しく磨かれるためです。

世界で最も古く伝統のあるサファイアの産地 ― スリランカ

伝統あるサファイアの採掘現場、スリランカ

▲歴史的に古い、伝統あるサファイアの
採掘現場、スリランカ

スリランカ産ブルーサファイア

▲宝石の島スリランカから産出された
紫がかった優れたブルーサファイア

 スリランカは歴史的に非常に大切なサファイアの産出国として知られています。5億5千万年から9億5千万年前の間に、地殻と上部マントルに大規模な構造変化が起こり、各大陸が衝突しながら合体し、東アフリカにモザンビーク広域変成帯(ベルト)が形成されました。エチオピアからモザンビークまで、そしてマダガスカル、インドの南部、スリランカ、南極大陸などはこの変成帯に含まれており、地下の圧力と温度が上がることにより、これらの地域の変成作用が絶頂期となり、宝石結晶が形成されるすばらしい地質条件となりました。島国であるスリランカで採掘されたサファイアは、5億4千万年から6億8千万年前の間に形成されました。 しかし、スリランカ産サファイアは一次鉱床から見つかることはなく、主に、イラム層と呼ばれる宝石を含んだ浅い砂礫層(漂砂鉱床)から、比重の違いを利用してサファイアが選鉱されています。上質のサファイアは、透明度が高く、紫がかった青色が特徴です。産出量の70%は無色に近いギュダと呼ばれるサファイアですが、加熱手法により、結晶中に含まれるチタンと鉄が化学反応し、濃い青色に変化します。スター効果が出るスター・サファイアの多くはスリランカで産出され、古くから人々に愛されてきました。

歴史的に大切なサファイアの産地 ― カシミール

カシミールサファイア

▲コーンフラワー・ブルーと呼ばれる
プレミアムな価値のあるカシミールサファイア

 1881年に、インドとパキスタンの国境に位置するカシミールの山岳地域(4000~6000メートル)から彩度の高い、美しいコーンフラワー・ブルー、ベルベティ・ブルーと呼ばれるサファイアが大理石中から発見され、イギリスの王室の御用達としてとても愛されてきました。豪華なリングやブローチに使われたカシミールサファイアは、とても柔らかい青色を呈し、上品でとても落ち着いた色合いです。100年の採掘を終え、その希少価値は非常に評価され、カシミール産のものが最も高いプレミアム価格が付きます。

ロイヤル・ブルーといわれるサファイアの主産地 ― ビルマ(ミャンマー)

 宝石が形成される環境を生み出した地球規模のもうひとつのイベントは、ゴンドワナ大陸からインドプレートが離れ、4000万年前にユーロアジア大陸と衝突したことにより、ヒマラヤ山脈が形成されたことです。これにより東南アジア地域にルビー、サファイア、スピネルを含む多くの宝石が形成する地質条件が生まれました。ルビーは大理石中に形成されるのに対して、ブルーサファイアは火成貫入岩と変成岩の相互作用によって形成されます。ミャンマー産サファイアの産出量はルビーと比べ、圧倒的に少なく、著名な鉱山モゴックから採掘されています。その特徴は大粒で青色が濃く美しいことです。しかも、ディープ・ブルーを呈し、彩度の高い「ロイヤル・ブルー」と呼ばれる貴重なサファイアはミャンマーの代表的なものであります。

90年代に発見されたサファイアの名産地 ― マダガスカル

マダガスカルのイラカカ鉱山の風景

▲マダガスカルのイラカカ鉱山の風景

 同じモザンビーク変成帯にあるため、意外なことではありませんが、島国マダガスカルに、古くからアクアマリンとサファイアが産出されていましたが、1993年から1998年に島の南部にあるアンドラノンダンボ(Andranondambu)地域とイラカカ(Ilakaka)地域の変成岩(スカルン)にサファイアが次々と発見され、国際宝飾市場に著しい高品質のサファイアが提供されるようになりました。宝石学的にも化学組成的にも、スリランカ、ミャンマーそしてカシミール産サファイアとよく類似しているため、産地識別に大変な困難が生じています。多くの原石が加熱処理され、非加熱のサファイアはごくわずかです。

火山岩起源のサファイアの主産地 ― オーストラリア、カンボジア、タイ

オーストラリア、インベレル地区のサファイア鉱山

▲20世紀において最大規模のサファイア鉱山
―インベレル地区、オーストラリア

 ゴールドラッシュの流潮に伴い、オーストラリアで世界最大を誇るサファイア鉱山が相次いで発見されました。1850年代後半から本格的に採掘を開始し、世界の半分以上のサファイアはオーストラリア産といわれるほどでしたが、アジアにおいても1875年にカンボジアのパイリン地域から同様のサファイアが産出されるようになりました。これらの産地から採掘されたサファイアは、火山岩の一種である玄武岩起源であり、青色が大変濃すぎて美しさに欠けているため、加熱して淡くしなければ、ジュエリーに使えないほどのものでした。1960年代に産出量は激減し、現在に至ります。1980年から、タイのチャンタブリとカンチャナブリ県に分布する若い玄武岩質のマグマからサファイア鉱床が大規模に採掘され、世界的な産地となっています。青色の濃いサファイア以外に、グリーンサファイア、イエローサファイア、ブラックサファイアなどが商業的に採掘の対象となっています。

 宝石を鉱山から市場に運んでくるためには、広大な量の土と、数え切れない程の労働時間が要求されます。それぞれの鉱山で、さまざまな品質のサファイアが産出されますが、優れた品質の宝石に関しては、個別に行う原産地判定が付加価値となります。サファイアに関しては、ビルマ、スリランカ、マダガスカルでも最高品質の宝石が産出されますが、カシミール産のものが最も高い価格が付けられています。

カンボジアのパイリンとタイのチャンタブリ

▲東南アジアの宝石市場 ― カンボジアのパイリンとタイのチャンタブリ

アヒマディ博士

執筆

阿依 アヒマディ

理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。

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