(番組ガイド誌「ジュエリー☆GSTV番組表」 2018年3月号掲載)
アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol.19
煌き輝きを保ち続ける天然真珠
真珠は東洋の宝石として日本で最も愛されてきました。しかし、天然真珠がほとんど取れなかった日本では、歴史に誇る天然真珠のジュエリーはあまり知られていません。しかし、5000年以上前から日本で小粒の天然アコヤ真珠の採取が行われたという説もあります。前号では、日本の養殖真珠についてお伝えしましたが、1893年に、御木本幸吉氏によって天然真珠と同様な形成原理を用い、異物(核)を人工的に貝にいれて、軟体組織を刺激しながら真珠成分(アラゴナイト/アラレ石)を分泌させ、球状の真円真珠の養殖に成功したのです。その後、開発された美しい真珠は日本の代表的な宝石として世界に輸出され続けています。
海や河川の恵みを受け自然に作られた天然真珠は非常に希少で、数千個または一万個の貝から数粒しか採れません。貝殻から生まれてくるその輝き(テリ)と経年変化が少ないという特長から、天然真珠は古くから五大宝石のランキングに入った唯一の有機宝石です。女性のシンボルとして、ヨーロッパの貴族たちにとって社交界で欠かせない大切な宝石であり、その希少価値が高く評価されています。世界最大級の大きさで、中国の老子が作らせたとの逸話もある「老子の真珠」や、古代エジプトの女王クレオパトラが酢に溶かして宴会で飲んでいた真珠や、ケンタウロスの形に作られたアブダビの856カラットの真珠などは世界で最も希少価値の高い、珍重な真珠といわれています。
天然真珠のできる仕組み
貝殻を持った貝ならどんな貝でも、貝殻と同質の鉱物(アラゴナイト)を軟体動物(貝の肉体部)の体内で作ることができます。10万種もある貝の中でほんの一部が真珠光沢のある真珠を作り出せます。光沢の有無によって商品価値は決まります。天然真珠は主に海水産のウグイスガイ類と淡水産のイシガイ類の二枚貝によって作られます。
天然真珠は、内因的あるいは外来物の侵入によって偶然にできるもので、産状によって真珠と殻付真珠に分けられます。
天然真珠にはさまざまなサイズがあり、3mm以下の微小な真珠は、シードパール(種真珠)と呼ばれ、養殖真珠にはその呼称は用いられません。日本語で「ケシ」と呼ばれる呼称は、一般的に海水産無核養殖真珠に適用されます。
天然真珠の真珠層は、アラゴナイト結晶層と有機物質であるタンパク質コンキオリンが交互に積み重なった同心円の多重層構造からなります。平坦で大きな結晶により成長した真珠には、光沢の強く、美しいピンク色の混じった干渉色(虹色)が見られます。大小の不規則な形の結晶が混在して成長した真珠は、光沢感が悪く、美しいピンク色の干渉色はほとんど見られません。表層に不規則な細かい凹凸が生じた真珠は、光沢感は鈍くなり、白く不透明になります。
天然真珠の価値を評価するにあたって、最も重視されるファクターは色と光沢です。真珠には、黄色、オレンジ、ゴールド、赤色、緑色、青色、ピンク、紫色などのさまざまな色彩を持つ光沢色と、真珠の中から出てくる色づいた実体色(物体色)とがあります。光沢色は真珠層の微細組織によって生じる色で、真珠表面からの反射光に真珠層内の結晶から反射した干渉色が重なったものです。実体色は、主に真珠の化学組成からくる色と、真珠層中の色素による吸光や拡散透過された光などが加わったものです。つまり真珠の色は、実体色と光沢色が重なって現れるのです。
天然真珠の形成過程の模式図
真珠の形成過程
寄生虫や砂粒などの外来物が、貝殻と殻質層を作る貝の外套膜の外皮の間に偶然に入り込み、その外皮の一部が異物を巻きながらさらに体内に入り込んで、真珠袋が形成されます。この真珠袋の上皮細胞の分泌機能によって真珠層が作りだされ、異物を核として巻きながら大きく成長し、袋の内腔で天然真珠が形成されます。
殻付真珠の形成過程
一旦体内で形成されていた真珠が真珠袋と外套膜の外皮を破り、飛び出した真珠が貝殻内側に固着してコブとなると、殻付真珠となります。
天然真珠の主な産出地
ペルシャ湾
真珠採集に何千年もの歴史があるペルシャ湾(アラビア湾とも呼ばれています)は、世界の天然真珠総産出量の60%を占め、バーレーンはその主な産出地です。1900年は天然真珠採取の最盛期であり、数百の採取船と2万人のアラビア人ダイバーが、日本のアコヤガイ(Pinctada fucata)に似た原生のアコヤガイ(Pinctada radiata)から希少な美しい天然真珠を採取し、ヨーロッパ市場に提供してきました。しかし、60年代に入ると石油の発見に伴い、真珠の採取は弱体化しています。
▲筆者がバーレーンの海にもぐり
原生アコヤガイから発見した希少な天然真珠
▲ペルシャ湾から採取された天然真珠
▲半人半馬のケンタウロス宝飾に
使用された巨大ペルシャ湾産天然真珠
写真提供:Kenneth Scarratt
スリランカのマナール湾
セイロンのマナール湾はペルシャ湾と同様に天然真珠の最も多く産出された地域として古く知られています。「パールラッシュ」時代に世界から数千人のダイバーが集まり、真珠貝から採れた真珠が非常に高く評価され、ローマ帝国に素晴らしいテリを有する真珠を提供していたが、大量乱獲による結果、19世紀に真珠貝は絶滅に向かいました。
オーストラリア
▲西オーストラリアから採れる
シロチョウガイの外套膜に入って
いる天然真珠
西オーストラリアの80マイル・ビーチ(80 mile beach)に生息する南洋真珠の母貝であるシロチョウガイ(Pinctada maxima)が採取されています。150年の歴史を持つ天然真珠の漁業は、現在では養殖真珠産業に移行しています。天然真珠は、サイズが大きく、素晴らしい色と光沢を持ち、自然の魅力に溢れるシルバー系とゴールド系のものは現在も少なからず採れています。かつて、19世紀に日本人のダイバーもこの海域で従事したという歴史もあります。
メキシコ
▲メキシコ産天然レインボーマベ真珠
メキシコで、インカ時代の真珠が遺跡から発見されたことがあり、メキシコ湾にレインボーマベガイ(Pteria Sterna)やメキシコアコヤガイやパナマクロチョウガイ(Pinctada margaritifera)の何種類かの貝が生息しており、18世紀までに盛んに天然真珠の採取が行われ、多くがスペインへ運ばれていました。近年、レインボーマベ真珠の養殖が広がり、副産物として天然レインボーマベ真珠が希に市場に出ています。
アメリカ
▲アメリカ産 羽のような形状のパール
アメリカのテネシー川やミシシッピ川に生息しているカワシンジュガイ(Margaritifera laevis)から、「ローズバッド」、「ウイング」、「フェザー」と呼ばれる淡水産の天然真珠が採れています。19世紀に淡水真珠を求め、数千人がこの地域に押し寄せましたが、見つかった真珠の数はごくわずかでした。
真珠層を持たない天然真珠
通常のアラゴナイト結晶とコンキオリンが交互に層状構造を持つ真珠と違い、薄い板状のアラゴナイト結晶が斜めに交差しながら等間隔に配列し、「交差板構造」または「火炎状構造」と呼ばれる特殊の成長構造からなる天然真珠があります。
コンク真珠
▲カリブ海に生息する
コンクガイとコンク真珠
▲コンクパールに見られる
交差板構造̶火炎模様
カリブ海全域に生息する大型の巻貝であるコンクガイ(ピンクガイ― Strombus gigas)から採取される真珠で、美しいピンク色の火炎模様がみられます。食用肉をとる際に偶然に見つかるもので、大変高価な天然真珠のひとつです。
メロ真珠
▲ベトナム産メロパール
▲南シナ海に生息するメロメロガイ
ベトナムや南シナ海で生息する、オレンジまたは黄褐色の大型巻貝であるメロメロガイ(Melo melo-ハルカゼヤシガイとも呼ぶ)から採取され、コンク真珠と同様な交差板構造を持つ球状の真珠です。コンク真珠と比べ、産出量は大変少なく、3cmを超える真珠はコレクターが所有している程度しかありません。
アバロン真珠
▲アバロンパール
カリフォルニア沖に生息する巻き貝で(Haliotidae Fulgens ― クジャクアワビとも呼ぶ)、孔雀のような豊かな色彩を持つ角状で緑色の真珠です。アバロンの養殖真珠が始まるようになったことで、天然の存在はさらに希少となっています。
執筆
阿依 アヒマディ
理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。