アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol. 3
宝石の科学―ルビーの歴史とその貴重色(一)
ルビーとサファイアはコランダムと呼ばれる酸化アルミニウムでできた同一の鉱物で、ダイヤモンドに次ぐ硬度を持ちます。この宝石が同一の鉱物であることがわかったのは18世紀になってからです。
ルビーは歴史的にも、とても重要な宝石のひとつです。古代の文化においては血液の赤みに類似していることから貴重に扱われ、生命の力、強い感情を用いると信じられていました。何世紀の間もインド人は、ルビーを所有する者は、敵と平和に生きることができると信じていました。紀元600年から、ルビーの最も古い原産地として知られているビルマでは、戦士たちが戦いで無敵になるように、ルビーを持っていました。
古代サンスクリット語では、ルビーは‘ratnaraj’と表し、「貴重な石の王」と呼ばれていました。紀元1世紀に、ローマの学者プリニウスは、その硬度と密度を記述し、「博物誌」にルビーを記載しました。ルビー(Ruby)という名前は、「赤色」のラテン単語ruberに由来します。ルビーは、西洋文化の誕生とともに、王室や上流階級に最も求められる宝石のひとつとなりました。今日に至っても、過去と同様に、ルビーは情熱や富や成功の象徴として、豊かな色が溢れる理想的な宝石として欲求されています。
▲有名なルビーの産出地モゴック鉱山からの
大理石とルビー原石
▲大理石起源のルビー(左二つ)と
広域変成岩起源(右二つ)のルビーが示す赤い蛍光性の差
コランダムは不純物を含まない場合は、完全に無色です。結晶構造にわずかな微量元素が入り、さまざまな色を生み出します。クロムは、オレンジがかかったレッドからパープルがかかったレッドまでに至るルビーの赤色の原因となる微量元素です。赤色の強みは含有するクロムの量によります。また、このクロムは赤色をさらに強める蛍光性を引き起こす役割もあります。
赤色の強い有名なルビーは、一般的に、ミャンマー、ベトナム、ヒマラヤ、中央アジアなどの大理石の中で、不規則に分布している地層で発見されます。地表に上昇してきたマグマが上層部の堆積岩と接触し、熱と圧力により大理石が形成されるプロセスの中で、ルビーが形成されます。大理石における鉄の含有量は低いため、形成されたルビーに鉄分が少なく、強い赤色と蛍光性を持つ価値の高いルビーが生まれます。
また、東アフリカのタンザニア、モザンビーク、マダガスカルなどの広域変成岩や東南アジアのタイやカンボジアの玄武岩などから発見されたルビーは、より多くの鉄を含んでいるので、色も暗くなり、あまり強い蛍光を出さず、強烈な赤色を持つルビーの産出量も非常に少ないのです。
最高品質の赤色は「ピジョン・ブラッド」と呼ばれます。
ルビーの価値に影響する最も重要な要素は、カラーです。最高品質のルビーには、不純物のない、鮮やかな高彩度の赤からわずかな紫赤色までの範囲の色があります。その中で最も代表的なシンボルは「ピジョン・ブラッド」つまり‘ハトの血’です。歴史的には、アラビアの宝石商(Al-Akfani、1348年)が最も鮮明な赤色を呈するルビーを銀板の上に落とした‘ハトの血’のように描写したことから名がついたといわれます。19世紀にはイギリスが、ビルマで採掘されたルビーのうち、柔らかく鮮やかな深い赤色、かつ強い蛍光色を持ったルビーを「ピジョン・ブラッド」と表現し、取引を行いました。このような用語は、従来はビルマの産出地に関連つけられている特定の色や最高品質のものに代表されます。同じ原産地でも、すべて同じ色と品質の宝石を一貫として産出することはありません。また、新しいルビーの原産地でも、ビルマ産ルビーと同じような色合いと強い蛍光性を持つものが産出される場合があります。
▲「ピジョン・ブラッド」と呼ばれる高彩度かつ深い赤色を呈するルビーのマスターストーン
GSTV宝石学研究所は、「ピジョン・ブラッド」と呼ぶマスターストーン、比較用のコントロールセットを用意しています。このコントロールセットにより、国際宝石鑑別ラボ間で採用されている色範囲と同一基準のうちでも最も優勢とされる色合いを鑑定し、鑑別保証書に「ピジョン・ブラッド」と記載します。
スカーレット・レッド(左)とクリムゾン・レッド(右)と呼ばれるモザンビーク産ルビー
一般的に、広域変成岩(角閃石)と玄武岩起源のルビーは大理石起源のルビーと比べ、低い蛍光性を示しますが、「ピジョン・ブラッド」という用語はこのようなルビーに当てはまりません。高品質で、高彩度かつわずかなオレンジがかかった明るい赤色を示すルビーはスカーレット・レッド(Scarlet Red)と表現し、強く明るい、わずかな青みのかかった深い赤色を示すルビーをクリムゾン・レッド(Crimson Red)と表現します。
※ご使用のモニターにより色合いは実物と若干異なっておりますので予めご了承ください。
執筆
阿依 アヒマディ
理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。