(番組ガイド誌「ジュエリー☆GSTV番組表」 2018年1月号掲載)
アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol.17
宝石の科学―再び宝石ラッシュを巻き起こしたマダガスカル
9億年から6億年前までに各大陸が合体し始め、ゴンドワナ超大陸ができました。各大陸の衝突により、東アフリカにモザンビークベルトと呼ばれる高温高圧の変成帯が形成され、東アフリカ諸国に宝石が形成される環境が出来上がりました。マダガスカルはゴンドワナ大陸のモザンビークベルトに属し、6億5千万年前にサファイアが誕生し、世界で最も古いサファイアとなりました。1億6千5百万年前にゴンドワナ大陸が分離し始め、マダガスカルはアフリカ大陸からインド洋側に400kmも移動し、現在の位置に達したのです。
マダガスカルの地殻構造は非常に複雑で、スリランカや南インドと同様に変成岩が島全体に分布しています。鉱物宝石の資源が大変豊富で、世界的にも一大宝石産出国として大変注目され、希少な宝石類(グランディディエライト, デュモルチェライト, ダンビュライト, セレスタイトなど)も特産です。マダガスカルの中部に中央高原があり、ペグマタイト鉱床が広がっていて、多彩なトルマリン類、ベリル類、トパーズ、水晶などが50 ヶ所に産出され、特に良質な濃い青色のアクアマリン(別名サンタマリア・アフリカーナ・アクアマリン)やピンク・オレンジのモルガナイトが採掘されています。南部にルビー、サファイア、ガーネット類、クリソベリル類、スピネル、ジルコン、コーネルーピン、アパタイト、オパールなどが豊富です。北部には世界最大級のルビー鉱区がありましたが、2009年にモザンビークのモントペズ地域にもそれ以上の埋蔵量のあるルビー鉱区が発見されています。東海岸のマナンジャリ付近にはエメラルドもあります。
マダガスカルにおける第一回宝石ラッシュ
マダガスカルにおいてのサファイアの発見は、1920年に上ります。南部の地域で、地元の農夫が質の良いルビーとサファイアを偶然発見しましたが、採掘現場の条件も悪く、海外への輸出が無かったため、この国が“宝島”であることは誰にも知られませんでした。1990年代に入ると、東南部に位置するアンドラノンダンボ地域で良質のサファイアが発見され、その産出量は世界から注目されました。これにより、マダガスカルにおける宝石ラッシュは一気に始まりました。その後、島国の最北端に位置するディエゴ・スアレスの南部アンドンドロミフェーからまた大粒のサファイアが発見され、マダガスカルのサファイアの二大名産地となりました。
そして最も驚きの発見は、1998年に南部のイラカカ国立公園近郊に世界最大級とも言われるサファイア鉱区が発見され、首都アンタナナリボから南西に750kmも離れた小さな村に数万人の鉱夫が移り、計り知れないほど美しい各色のサファイア原石が採掘され、この数年の間に発見されたサファイア鉱床の中で最も有名となり、マダガスカルにおける宝石ラッシュを更なる頂点にもたらしたのです。
100キロ四方に広がるイラカカの鉱床では、サファイア、ジルコン、ガーネットなどが主な産出物であり、宝石業者にとって最も関心の高いものはやはりサファイアでした。採掘されたサファイアの70%はピンク、パパラチア、オレンジ系の色相であり、ブルー系は5%にとどまります。天然のブルーサファイアはミャンマーやスリランカ産サファイアと区別がつかないほど美しく、ギューダと呼ばれる色の淡いサファイアはタイやスリランカで加熱処理され、「ロイヤル・ブルー」のような青色に改良され、世界市場に出回っています。しかし、その地域の急速な人口の増加と膨大な採掘により、終息を迎えつつありました。
再び巻き起こった宝石ラッシュ
2000年に入り、相次いで朗報が入ってきました。東北部に位置するザハメナ国立公園が新たな宝石埋蔵地であることが知られ、アンタナナリボの東部にある最大の港町ワトマンドリと北部にあるアンディラメアでも最大規模のルビー鉱区が発見されました。大きなルビーが大変注目され、研磨された石は世界各地に輸出されるようになりました。2012年にはザハメナ国立公園の中心部にあるディディという村から上質なブルーサファイアが新たに発見され、最盛況であったイラカカ鉱区の失速に失望してきた宝石業界に再び喜ばしいニュースを与え、マダガスカルに二回目の宝石ラッシュが始まりました。
▲新鉱山べマイティ産の上質な
コーンフラワーブルーサファイアのリング
▲同鉱山からのオレンジがかった
美しいパパラチアサファイアの原石
ベマイティ産サファイアの特徴は、結晶内部にクラウド(微粒子)以外の内包物が少なく、透明度と彩度が非常に高く、若干白みがかった柔らかいブルーの色合いです。この色合いは、1881年にカシミール地方から産出されたコーンフラワー・ブルー、ベルベティ・ブルーのサファイアに非常に酷似し、カシミールサファイアを連想させるような、上品で落ち着いた色合いです。
▲べマイティ漂砂鉱床から採掘されたサファイア原石
▲ファセットカットされたべマイティ産サファイア
採掘は実に単純に行われています。4~5人からなる家族作業で、直径5~6メートルのエリアで露天掘り法を採用し、3~6メートルより深い堆積層からサファイアを含む土砂を掘り起こし、バスケットにいれ、人力で地表へ引き上げられます。昔のように土砂を川まで運ぶのではなく、その場で穴が開いた金属製の網戸に入れ、溜まった雨水で洗い出します。鉱区には重機がなく、選別できる土砂の量も一日数十から数百キロにしか及びません。数十日でやっと1ピースが見つかるという確率で採掘を行っています。産出されたサファイアは優れた品質を持ち、その美しさと色の調和は最高の市場価値がつけられます。鉱区の採掘現場は大変厳しい環境ですが、どんな悪条件でもこの国の宝石ラッシュにブレーキをかけることはできないでしょう。
▲最も注目されているサファイアの新鉱区
べマイティ渓谷、ザハメナ国立公園
▲簡易型鉄網戸による選石作業
執筆
阿依 アヒマディ
理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。