イーダーオーバーシュタインの宝石彫刻 第2章 -2-
~ストーンカメオ講座(2)~ 「手彫りと機械彫り」

2016 年7月よりイーダーオーバーシュタインの宝石彫刻 第二章が始まりました。
今回は、カメオの彫刻技法「手彫り」と「機械彫り」について、9月と11月の2回に分けてご説明いたします。


ストーンカメオ彫刻技法「手彫り」

左:現在は使用されていない足踏み型の彫刻機 右:カメオ彫刻風景の模型(ドイツ宝石博物館)

左:現在は使用されていない足踏み型の彫刻機
右:カメオ彫刻風景の模型(ドイツ宝石博物館)

ストーンカメオの彫刻方法として、「手彫り」と「機械彫り」の2つに大別できます。さらに、機械彫りの中で、手彫り工程を多く組み入れた「ハンドフィニッシュ」という技法があり、それを含めるとストーンカメオの彫刻技法は3種類であると言えます。今回は、「手彫り」についてご説明いたします。

手彫りカメオ彫刻家は、ドイツ・イーダーオーバーシュタイン近郊に約20名います。その彫刻家の中で、現在彫刻活動をして、素晴らしいカメオを作っているのは10名ほどです。彫刻家の少なさに加えて、彫刻技法が2000年以上もの長きにわたって引き継がれてきたことにも驚かされます。長い歴史の中で、動力は人力から電力に変わったものの、現代の彫刻家達は口をそろえて、「彫刻技法自体は2000年前と何も変わらない」と言うのです。
さて、具体的にどのように彫刻していくのか順を追ってご説明しましょう。

(1)材料選び

左:手彫りカメオのために切断された縞メノウ原石 右:コルクで留められたカメオ

左:手彫りカメオのために切断された縞メノウ原石
右:コルクで留められたカメオ

手彫りですから板状や器状であってもどのような形状のものでも彫刻できます。数ミリから数十センチまで大きさは様々です。必要に応じて、縞メノウそのものを切断したり磨いたりして形を整えます。天然の層を利用して表現していくため、この材料選びの工程は非常に大切です。また、小さなカメオの場合、持ちやすくするために松脂でワインのコルクに縞メノウを留め彫刻します。

(2)デッサン

素材である石と対話しながらモチーフを選定し、デザイン画を描きます。デザイン画が完成すると縞メノウの表面に鉛筆で下絵をします。彫刻を進めていく過程で表面が削られその下絵は消えてしまうのですが、彫刻家は困る様子もなく彫刻を進めます。下絵はあくまで大枠に過ぎず、細かい設計図はすべて頭の中に入っているのです。

「神殿の中のアフロディデ」ゲルハルド・シュミット作 デッサン

「神殿の中のアフロディデ」
ゲルハルド・シュミット作 デッサン

「神殿の中のアフロディデ」ゲルハルド・シュミット作 カメオ

「神殿の中のアフロディデ」
ゲルハルド・シュミット作 カメオ

(3)彫刻

左:作業台に置かれた様々な工具(シュミット工房)右:大型カメオの彫刻風景

左:作業台に置かれた様々な工具(シュミット工房)
右:大型カメオの彫刻風景

「彫刻」と聞くと、先端が回転する工具を持ち、それを石に押さえつけて彫っていると思いませんか。ちょうど歯医者さんが虫歯の治療をするようなイメージです。しかし、実際にはその逆で、固定された回転工具に、素材である石を手に持ち押さえつけて彫刻していくのです。
固定された筆に、半紙を動かして書道をするようなイメージでしょうか。想像しただけでその難しさが伝わってきます。また、ストーンカメオの素材である縞メノウは大変硬いため、通常の金属工具だけではきれいに彫刻することができません。そのため、油にダイヤモンド粉末を混ぜたものを回転工具の先端に付着させ彫刻するのです。あるいは、ダイヤモンドを工具自体に含ませて使う場合もあります。

この工具は100種類以上あり、作業台の上にきれいに並べられています。驚くべきことにすべて彫刻家本人によって作られます。細さや丸みなどすべてが微妙に違い、彫刻段階や彫刻内容に応じて工具を使い分けています。

大型カメオ彫刻には芸術的センスだけでなく体力も必要!?

タツァ・ファルネーゼ

「タツァ・ファルネーゼ」
リチャード・ハーン作1976年
100円玉との比較でカメオの大きさが
お分かりいただけるでしょうか。

山梨県甲府市にあるストーンカメオミュージアム(要事前予約)に展示されている、リチャード・ハーン氏の大作「タツァ・ファルネーゼ」は作品重量1250gの器状のカメオです。カメオの中ではかなり大きなサイズですが、その原石の重量はなんと70kgもありました。器状の形にする段階で9kgに、さらに白い層に沿って形状を整え3.5kgになりました。想像してみてください、3.5kgの物を手で支え彫刻機に力を入れて削っていくには相当な体力が求められます。当時、ご本人にお話をお聞きしたところ、原石の重さで手の感覚が無くなるのを防ぐため、1分間彫っては5分間休むという作業を繰り返したそうです。1年の歳月を費やして完成させた作品で一見の価値ありです。

手彫りカメオの特徴と作り手の想い

アーレスとデメーター

素晴らしい手彫りカメオ
「アーレスとデメーター」
1937年アウグスト・ヴィルド作
ドイツ宝石博物館所蔵
1937年パリ万博における
グランプリ受賞作品

髪の毛一本一本に至るまで細密に仕上げられ、エッジがシャープで表面も滑らかなのが手彫りカメオの特徴です。すべての段階を手作業で行うため、オリジナルモチーフのカメオを作ることが可能です。人物やペットなどのポートレートカメオは世界に一つだけの手彫りカメオとしてご好評いただき、GSTVのお客様からもたくさんのご注文をいただいております。

手彫りカメオは彫刻家の想いが詰まっています。彫刻家が目で見て、手で原石を支え動かし、耳で彫り進む深さを音で感じ、まさに五感を研ぎ澄まして行う繊細かつ精巧な作業です。また、芸術性豊かな素晴らしい手彫りカメオは、永久に美を伝えたいと願う彫刻家の情熱が加わることで、見るたびに身も心も豊かにし、幸福な想いを満たすような力があると私は思います。

執筆

ストーンカメオ研究家三沢 一章


番組ガイド誌「ジュエリー☆GSTV番組表」 2016年9月号掲載)

  • 第2章(1)の記事はこちら
  • 第2章(3)の記事はこちら

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