(番組ガイド誌「GSTV FAN」 2019年3月号掲載)
アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol.31
地球上で最も古い宝石「ジルコン」
ジルコンという宝石は以下の三点の特徴を理解すると、もっと好きになるかもしれません。
バックファセット面はすべて二重に
見えるジルコンの最大の特徴
1)火成岩から生まれ、風化作用に非常に強く、地球上で最も先に形成された鉱物で、時間を刻む微量な放射線が含まれるため、地質学者にとっては大事な年代測定の指標となり、初期の地球について語れる地質学的な時計の役割を持っていること。
2)屈折率(1.81-2.02)や分散度(0.039)や光沢などが非常に高いため、ダイヤモンドのような輝きと虹色のファイアが見られ、無色ジルコンはダイヤモンドの代用品に最も相応しいこと。
3)顕著な複屈折(二重屈折)を有するため、すべてのバック・ファセット面が二重に見えること。
中世からジルコンはヨーロッパのジュエリーに幅広く使われてきました。独自の魅力と美しい色を示すため、赤いジルコンは聖書にも登場し「火の石」とされ、青いジルコンはビクトリア朝時代で特別な宝石として愛用され、半透明なスモーキーのような黄褐色のジルコンは喪の宝飾品用として人気の高い宝石になりました。無色ジルコンの光学特性はダイヤモンドによく類似するため、何世紀も混同され、ダイヤモンドジュエリーとして使われてきました。 ジルコンはアラビア語である「シナバー」を意味する”zarkun”に由来したもので、ギリシア語にも類似した”zargun”という言葉があり、「金色の」を表しています。この宝石は富と知恵の象徴と考えられ、トルコ石やタンザナイトと並んで、12月の誕生石にも挙げられています。
ジルコンとは
地球が誕生してから1億6000万年後に最初の鉱物が形成され、ジルコンは最古の鉱物(44億年)として西オーストラリアで発見されました。ジルコニウム(Zr)と珪素(Si)でできた珪酸塩鉱物で、自然界で両端に錐面を持つ四角柱状の結晶として産出されます。各種の火成岩である花崗岩、玄武岩、閃長岩、ペグマタイトなどに宝石品質のジルコンがよく見られ、カンボジア、オーストラリア、スリランカ、タイ、ミャンマーが主な産地です。純粋なジルコンは無色透明で、黄色、褐色、赤色、オレンジ、緑色、青色などの多彩の色相を呈します。ジルコン内に不純物として希土類元素(Eu、Yb、Hf、Pb、Th、U)が含まれ、放射線元素であるU、Thなどによって結晶構造が破壊され、多様な色に変化していきます。最も人気な華やかな青色は加熱処理によって形成されています。
ジルコンの種類
ジルコンは異なる岩石内で成長するため、結晶内部に含まれる放射線元素によって長い地質年月の間に結晶構造が破壊されていきます。ジルコンは結晶構造の損傷程度と光学的な特性によって次の二種類に分けられます。
1:ハイタイプ
結晶の損傷が少なく、完全な結晶構造を持ちます。また、高い光学的、物理的な特性を持ち、1.92-1.98の屈折率と7.5の硬度を有します。宝石品質のほとんどはこのタイプに属し、青色、赤色、黄色、褐色、無色のジルコンはその代表です。
2:ロータイプ
放射線元素による結晶構造の損害が大きいため、光学的、物理的な特性も低く、屈折率は1.78-1.82、硬度も6.5に低下しています。緑色と褐緑色のジルコンはその代表です。
品質と注意点
ジルコンは多様多彩な宝石でありながらも、市場に多く流通している色はやはり魅力的な青色です。赤色と緑色のジルコンはコレクターに好まれ、黄色やオレンジのジルコンは低価格で販売されています。無色のジルコンはほとんどダイヤモンドの代用品として使用されます。内包物を有するキャッツアイ・ジルコンも時折市場に現れます。ジルコンは貴石宝石と比べ高価なものではありませんが、その魅力をもっと広く知って欲しいと思います。
内包物が少なく、透明度が非常に高いジルコンは、ブリリアントカットとステップカットを組み合わせた華やかなスタイルにするのが一番望ましいです。青色のジルコンは10ctを超えるものは希少で、黄色~オレンジのものは通常は5ct以下のものがほとんどです。赤色のサイズは小さく、大粒のものは大変高価で取引されています。青いジルコンは自然界での存在は非常に少なく、大低の場合は加熱処理によって形成されたものです。ジルコンに含まれる放射線元素は非常に微量であり、内部から放出される放射線量は、自然界からの放射線量(年間2ミリシーベルト)よりもはるかに低い1.4ミリシーベルトです。一般人の年間許容範囲は50ミリシーベルトと定められていますので、人体に影響を与えるものではありません。宝石品質のジルコンは石英より硬いのですが、欠けやすいので取り扱いに注意が必要です。また、ジルコンはキュービック・ジルコニアと同じものと誤解されている場合があります。キュービック・ジルコニアは外観上ジルコンよりもダイヤモンドの輝きに近いのですが、酸化ジルコニウム(ZrO2)に他の物質を添加して結晶化した人造石-立方晶ジルコニア(CZ)です。
▲ オレンジジルコン
▲ 褐色がかったオレンジ赤色
のジルコン
▲ 赤色ジルコン
▲ 緑青色ジルコン
名産地
カンボジア
1890年代にカンボジアでサファイアが発見され、それに伴って多くの褐色のジルコンが採掘されてきました。北東部に位置するラタナキリ州から産出された褐色のジルコンを還元雰囲気(酸素濃度の低い)の環境下で800度の加熱処理を施すと、結晶構造の損傷が多少修復され、U4+イオンがZr4+イオンと置換し、青色が形成されます。さらに高温(1000度)にすると、損傷した結晶構造がほぼ完全に修復され、透明な無色のジルコンに変わります。大変不思議なことにカンボジア産以外の褐色ジルコンを加熱しても、このような青色には変化しません。
▲ カンボジアに多くの褐色ジルコンが
採掘され加熱処理によって青色に変化
しています。
▲ カンボジアのジルコンの研磨工場
▲ ジルコン原料を入れる加熱るつぼ
▲ 加熱前の褐色ジルコン
▲ 加熱後の青色と無色ジルコン
▲ 石炭を用いてのジルコンの加熱炉
オーストラリア
西オーストラリアのジャック・ヒル(Jack Hills)地域に地球最古の鉱物としてジルコンサファイアの最大の産出地であるニューサウスウェールズ州とクィーンズランド州の火成岩から、多くの宝石品質の天然無色と黄-褐色、希少色である赤色と青紫色などのジルコンが産出され、世界市場に一定の量を提供しています。
▲ クィーンズランド産天然無色と
黄~褐色ジルコン
▲ オーストラリアのクィーンズランド
にあるジルコン鉱山
▲ クィーンズランドのジルコン鉱山での
視察
スリランカ
スリランカで産出される宝石の総産量の35%は北部のエラヘラ地域が占めます。サファイアとルビーが発見される漂砂鉱床である「イラム」と呼ばれる砂礫の堆積層に非加熱の白色、黄色、オレンジ、褐色、淡青色、緑色のジルコンも多く発見され、その内、無色ジルコンは「Matara Diamond」と呼ばれています。ロータイプである緑色ジルコンも大変人気で、比較的安価で手頃に入手できる宝石です。
▲ スリランカの砂礫堆積層からサファイ
アと同時にジルコンが産出されています。
▲ スリランカ産ハイタイプのジルコン
原石(緑色を除く)
▲ スリランカ産ロータイプの緑色の
ジルコン原石
執筆
阿依 アヒマディ
理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。