アヒマディ博士のジュエリー講座
〜コランダム(ルビー、サファイア)の加熱処理〜
コランダムを美しく発色させる加熱処理
自然界で生まれた宝石は、掘り出された原石をそのままカットして仕上げていると思われがちですが、自然そのままに美しい色を持っていることは、極めて希です。色合い、美観の僅かな差によって、その価値が著しく異なる宝石においては、過去から現在まであらゆる改良や改善の手段が考えられてきました。宝石加工の数千年にわたる歴史の中でも、最も古くから行われている方法は加熱処理です。それ以外にも現在では、化学的着色、照射処理、拡散加熱処理などのさまざまな処理法が用いられています。
カラーストーンとして代表格ともいえるコランダム(ルビー、サファイア)は、自然の状態ではほとんどが美しい色になりません。コランダムは下記の図にあるように結晶体に含まれる要素によって、美しい色が損なわれるのです。このような宝石は、加熱処理によって、黒味の要因である元素クロムや鉄やチタンなどの電荷を変え、色の鮮やかさを増し、色味を改良することができます。
自然なコランダムの色に影響する要因
▲ コランダム加熱処理に用いるガスオーブン
▲ 加熱前(上)、加熱後(下)のサファイア
コランダムの美しさに影響するもう一つの要因は、結晶中に大量に存在するシルク・インクルージョンです。結晶が出来上がったとき、温度が下がることで針状のルチル結晶ができます。これにより石の透明度は低下し、褐色を帯び、サファイアの色が悪くなってしまいます。
ルビーの加熱処理は、1000℃前後の電気炉で数十時間にわたり熱処理をします。ブルー・サファイアは、1400〜1500℃の高温を必要とし、ガスやディーゼルのオーブンを用いて熱処理をします。この熱処理により、宝石に含まれたシルク・インクルージョンが溶かされ、透明度が増します。このような加熱処理の際、熱処理の効率を上げるために、鉱物の一種である「ボラックス化合物」を利用することがあります。
しかし、加熱対象であるコランダムに、隙間や割れ目などがある場合には、加熱と共に石の隙間や割れ目や表面の空洞などにボラックスが浸入し、無色透明な残留物質として残ってしまう場合があります。
国際鑑別ラボでは、その程度を大、中、少量という三段階に分け、“残留物質”という表現で記載しますが、日本国内の鑑別機関では、“透明物質の充填を認む”という記載をします。国内外で言葉の使用が異なるので、まったく異なる印象を与えてしまいます。
注意が必要な鉛ガラスの含浸処理
▲ ルビー加熱処理による残留物質
▲ 鉛ガラスによる含浸ルビー
含浸処理というと、2004年の始め頃から、透明度の改善を目的として非常に品質の悪い、割れ目を含んだアフリカ産ルビーを、鉛ガラスを用いて改良する処理が見られるようになりました。このような石は、宝石市場に急速に広がり、全国宝石学協会は国内外に注意を喚起しました。過度の含浸がコランダムの重量や耐久性などに影響を及ぼすことが懸念されたのです。
鉛ガラスの含浸処理は、ルビーに留まらず、各色サファイアにも適用されるようになり、含浸される物質もPb(鉛)だけでなく、Bi(ビスマス)も使用されたものが見られるようになりました。この含浸処理が行われた石は、宝石顕微鏡による拡大検査で、青〜紫色の不自然な光の効果(フラッシュ効果)が観察されます。この処理は前者の残留物質が残る加熱処理とは全く異なり、識別には注意が必要です。
執筆
阿依 アヒマディ
理学博士・FGA。国際鉱物学会(IMA)宝石素材委員会日本代表。国際宝石学会理事。京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表およびGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関して日本を代表する宝石学者。