イーダーオーバーシュタインの宝石彫刻(4)
~世界のセレブを魅了する Emil Becker社~

世界のセレブを魅了するエミール・ベッカー社。名門エミール・ベッカーの宝石研磨、彫刻の家系は、1630年までさかのぼることができます。エミール・ベッカー社の魅力と、素晴らしいアイディアと技術によって今も作品を作り続ける名匠マンフレッド・ヴィルト氏をご紹介します。


Manfred Wildマンフレッド・ヴィルト(1944-)

マンフレッド・ヴィルト氏と筆者

マンフレッド・ヴィルト氏と筆者

世界にその名を知られる宝石彫刻の名匠マンフレッド・ヴィルト氏は、イーダー・オーバーシュタイン近郊のキルシュバイラーに1944年に生まれました。キルシュバイラーと言えば、2015年5月号で紹介した老舗宝石研磨会社のWild & Petsch社が本社を構え、7月号で紹介した宝石彫刻家ミシャエル・ポイスター氏が工房を構える小高い丘で、多くの宝石研磨業者が集まっています。

16歳になる1960年頃には、宝石デザイン、宝石彫刻、金細工に深く興味を持つようになり、宝石商としての修行を始めました。宝石に関する彼の感性は、この頃の興味と日々の仕事の中から研ぎ澄まされていきました。エミール・ベッカー社の創業者の孫娘さんと1970年に結婚し、以来エミール・ベッカー社の代表を務めています。

宝石彫刻作品プロデューサー

工房入り口にあるオブジェ

工房入り口にあるオブジェ

彼の作品作りの特徴の一つは、ごく少数の優れた宝石彫刻家の技術を組み合わせて一つの作品を完成させる点にあります。つまり、宝石研磨や彫刻をイーダーの優れた作家に依頼し、一つの部品として組み合わせることによって一つの作品に仕上げていくのです。

もちろん、彼自身が宝石や金細工の知識、技術に精通していますので、彫刻家なら誰でもいいという訳ではありません。彼は、自らの溢れ出る豊かなアイディアを作品にするために、自身の技術だけでなく、イーダー・オーバーシュタインの優れた彫刻家の技術を組み合わせているのです。

これはイーダー・オーバーシュタインという特異な立地と、彫刻家と彼とが良好な関係を築いているからこそ実現できる業と言えるでしょう。私を含め、彼を知る多くの人が、彼を「宝石彫刻作品プロデューサー」と呼ぶ理由はここにあります。

楽しいかどうか。作品作りの原動力

宝石のゴンドラを表現した観覧車

宝石のゴンドラを表現した観覧車

宝石のゴンドラを表現した観覧車(クローズアップ)

宝石のゴンドラを表現した観覧車(クローズアップ)


彼の作品作りに臨む姿勢はとてもシンプルです。それは、ワクワクするかどうか、つまり、作っていて自分が楽しいかどうかということです。彼の作品は、卵や花、小動物、城や観覧車など多岐にわたりますが、あっと驚く仕掛けが隠されていることがよくあります。有名な卵のオブジェでは卵が開閉したり、卵の中にまた卵があったり、大きな観覧車ではゴンドラが回転したり・・・まるで子どもが遊ぶおもちゃのようで、宝石で作られた作品であることをつい忘れてしまうほどです。

  1. 3kg以上の金を使い、トルマリン、アクアマリンをぶら下げ宝石のゴンドラを表現した観覧車。外側だけでも1000psのダイヤが使われている。「綺麗な色の宝石が、より綺麗に動いているという世界。僕の遊び心なんですよ」


彼が遊び心を大切にしていることが、作品からもひしひしと伝わってくるのです。今年4月に工房を訪れた際は、「世界で最も小さく豪華な鉄道模型を作っているんだ」と少年のような笑顔で語ってくれました。この鉄道模型は誰からの依頼でもなく、楽しそうだからという理由で作り始めたそうです。

この彼独特の原動力と世界観をもって作られる作品は、ため息が出るほど豪華で楽しいものばかりです。そして、生み出される彼の作品は、ヨーロッパをはじめ中東やアジアにいる多くのファンのもとへコレクションされていくのです。

高さ70㎝の卵。「仏の誕生」4kgの金、ルビーの仏像、ラピスラズリの彫刻。なんとこの卵、開閉します。

高さ70cmの卵。「仏の誕生」

  1. 左画像:高さ70cmの卵。「仏の誕生」4kgの金、ルビーの仏像、ラピスラズリの彫刻。なんとこの卵、開閉します。
  2. 右画像:東日本大震災の津波のニュースを見て作った作品「日本の希望」。日本の誇りの鶴を助けよう、救おうというと願いを込めて作った。
東日本大震災の津波のニュースを見て作った作品「日本の希望」。日本の誇りの鶴を助けよう、救おうというと願いを込めて作った。

作品「日本の希望」

各国の紙上において、「マンフレッド・ヴィルトの宝石工芸品は宝石そのものの美しさを知る者に与えられた表現力と、彼ならではの澄み切った遊び心、それに作品から溢れ出る創作の喜びが一層その魅力を高めている」と絶賛されています。

ギター

この「澄み切った遊び心」は、彼に会うたびに私自身が率直に感じていることです。私が彼と初めて出会ったのは今から25年ほど前になりますが、作品作りに臨むその姿は当時も今もまったく変わっていません。今年4月の再会では「これまで55年この仕事をしているが、自分の頭の中にある作品の構想はあと200年あっても実現できない」と私に言うのです。何とも彼らしいコメントだと思います。

彼との約束で細かなことは言えませんが、特別な依頼でヨーロッパのある王室の有名な方の誕生日プレゼントを作ったことがあるそうです。それも1度ではないとのこと。世界に認められる彼ならではのエピソードです。

執筆

ストーンカメオ研究家三沢 一章

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